朝のホームルーム(2)

 他の真面目な生徒と同様に、私は学校ではほとんどスマホを触らないようにしているから、家に帰ってノートに書き溜めた文章をツイートしている。はじめは日々の記録であったけれど、どんどんとフォロワーが増えてしまい、アカウントに鍵をかけるようになったし、極力特定されるような内容のツイートは避けた。

 フォロワーをひとりひとり精査し、まったくツイートしていない怪しい者(いわゆる捨てアカ)、住んでいる地域が近いと感じられる人物のアカウントはとことんブロックした。それでも多くのフォロワーが残ったため、私の心は大いに満たされると同時に、大きな葛藤も抱いていた。


 四月。

 四月は、新しいクラスに馴染むまでの過程をツイートしたはずだ。そういえば、四月のころ、二村健の隣の席になったことがあった。そのときは、二村健の悪口ばかりをツイートした記憶がある。

 本人には、極力優しく接していたから、たぶん本人は私がどのように思っていたか気づいていない。たとえば、SNSで残酷なまでに中傷されていることを。

 しかし、私は文字として書き起こすことによって、二村健というやっかいな存在を昇華し、かつ現実世界から逐一排除することに成功していた、と自己満足している。実際、私が非難されるおぼえはない。二村はそれほどまでに気持ちが悪いからだ。たぶん、そう思っているのは、私だけじゃない。

「ホームルームは、例のスマホの件について話し合いをしたいと思います」

 渡辺先生の一言で、朝のホームルームの教室は静まり返り、誰かの唾をのむ音が聞こえた。むろん、その中には私の音も交じっている。いま、渡辺先生が片手で示しているスマホの持ち主は、紛れもなく私だからだ。

 そんなに、スマホを持った手をふらないで。万が一、液晶が傷ついたらどうするの。ねぇ、一番、前の席の子が、画面を盗み見しようとしているからさぁ。画面は真っ暗だから、たぶん大丈夫だとは思うけど。でも、そういう、先生のデリカシーのないところ、ちょっと嫌いなんだけど。マイナスイチ。などと思いながら、私は渡辺先生の顔を一心に見つめる。だけど、この気持ちは決して届かない。私の席は一番後ろにある、という距離的な理由だけではない。

 正直、渡辺先生は頭も悪いし、目も悪い。顔の華やかさと、朗読する時の声だけが救い。あの顔はいつまでも見ていられるし、あの声はいつまでも聞いていられる。少なくとも、二村健とは違って。

 それでも、なぜ私は飽きずに彼に夢中になれたのか。それは、同じ制服を着た女子高生の中から、彼がきちんと私を選んだからだ。

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