朝のホームルーム(1)
ノートに描いた下手くそな私のスマホ。その画面はまだ真っ白のままだ。
色鮮やかなアイコンの並びを丁寧に思い出して、蛍光ペンでそれを慎重に描き入れていく。途中、消しゴムに手が伸びるが、その時点でようやく消えるはずがないことに気づき、もうだめだ、取り返しがつかない。
私は愚かだ。まさかスマホを落とすなんて。
昨日のことだった。四限目の、現国の時間になって気づいた。自分のスマホが、机の中にも鞄の中にも無く、とにかく焦った。さりげなく、クラスの松本穂香の顔を見つめたが、特に返事はなかった。
もう夏も終わりなのに、エアコンのよく効いた教室の中で、私は手に持っていたペンを滑らせた。ノートはまっさらに乾いたままなのに、急に沸騰した熱で、その白を汚すのを想像した。
幸い、スマホには自分のプリクラだとか、私を特定できるものを貼り付けていなかったし、自撮り写真もすべて消去していたはずなので、ひとまず安心できる。それに、あのスマホは、量産型のよくある製品だ。誰もあのスマホの持ち主を、私であると特定することはできない。たとえ、スマホの中身を見られたとしても。
もちろん、スマホにはパスワードがかかっているし、パスワードには「自分の」誕生日なんて安易な数字には設定していない。
とはいえ、あのスマホで、私はとんでもないことをツイッターに書いてしまっている。
ツイッターを使い始めたばかりのときのツイートは、誰に見られても構わない。普通によくある女子高生の日記に見えるだろう。今思い返せば、ただの女子高生の日常が、ただ単にツイートされているだけ。
たまに、先生が発する豆知識だとか、特定の発言をツイートしていたけれど、それは普通の、いやむしろ真面目なタイプの高校生のアカウントにしか見えないと思う。そういった余分な知識をツイートするぐらい、真面目な友達である松本穂香もたぶんしているだろう。だから、なんの違和感もない高校生のアカウントに見えると思う。だけど、最近のツイートのほうは絶対に見られてはならない。
こうして、客観的に自分のツイート内容を振り返ることは今まであっただろうか。危機的状況に陥らないと、自分がどう見られるのかを意識できないなんて、スマホを落とすことよりも愚かだ。
なぜか、私は授業中にろくでもないメモをとる癖がある。昔は、ノートの端に、先生たちの似顔絵を書いていたが、自分の画力が情けなくなり、文章を書くようになった。詩めいたものを書いたこともあったが、どれだけ書き連ねても陳腐なものしか出来上がらず、気づけば、私自身が見たこと聞いたことを書き留めていた。
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