第4話

第1話のシナリオ


〈『竹永さん ——…』


 後輩は

 酷くあまく

 無表情だ〉



客「すみませーん」


がやがや賑わう夕飯時のファミリーレストラン。

皿が重なり乗るお盆、またはオーダー機を持って動き続ける店員に、食べ物を待つか食すか駄弁るかの客。店内のどこかでは子どもの騒ぐ声も聞こえる。


竹永「はい只今ー」


竹永が返事をして近寄ると、ズラッと発せられるオーダーの数々。途中で取り消すだの加えるだのもめる目の前の夫婦。


竹永「(決まってないんかい)」


そんなことを思いながら注文を取り店内を巡回してゆく。


西村「竹永ー、これ8卓追加」

竹永「はい」


竹永は指定されたその料理を持ち上げ、運んで行った。


竹永「お待たせ致しました――…」


湯気立つ皿を差し出し料理名を口にしながら視線を感じた。がわざわざ相手が誰かを確認するためだけに顔を上げるのも惜しい。時間的に。そして何より面倒そうだ。


松方「…お疲れ様です」


発せられたその声を耳にして、一瞬固まった後、ふつふつと込み上げるのは怒りかそれとも純粋なウザさか


竹永「…松方」


顔を上げたと同時に呼んだ名の持ち主は、目が合うと小さく会釈。


竹永「(この忙しい時間帯に嫌がらせか、上等上等)」


荒ぶる感情をなけなしの理性で抑えつつ皿を放るように置く。


松方「嫌がらせか、って思ったでしょう」


竹永「(何故わかった)べつに」


松方は特に何を続けるでもなく、料理に目を向けている。


松方「…?」

突っ立ったままの竹永を見上げ、松方は不思議そう。


竹永「事務所で食べたらいいじゃん」


松方「ああ。…後で行きます」


竹永「後で? 食べる以外に用あんの」


松方「……まあ、はい」


何か含みを感じる松方は口籠り、フォークを取り出し始めた。竹永は不審に思いながらも仕事に戻る。



◼️時間経過


『close』と書かれた看板がドアの前に掛けられている。


「22時上がりーサッサと上がれー」


店長の急かす声に従い掃き掃除をしていた竹永らは事務所に引き返す。


店長「竹永これ」


最後になり呼び止められ、店長の足元に転がるゴミ袋を見て舌打ちしそうになる竹永。


店長「これやったら上がりな」

竹永「HAI」


ゴミ袋を蹴って歩く想像をしながら一階の駐車場まで下り、ゴミ捨て。ごそごそやっている間に、夕勤仲間が次々と先に上がってゆく。


竹永「(去るのは早い仲間どもめェ…)」


店長だと思い込んでゴミ袋を押し込む。綺麗に収まり、少しスッキリした表情で事務所に戻った。


竹永「おつかれーす」


入って真っ直ぐに見える店長の席に、姿はない。

その代わり手前のテーブル上に転がる黒が見えた。

目を疑いながら近付くと、呼吸に合わせて微動している。

竹永は一旦更衣室に向かって着替えを済ませたが出てきても少しも動いていない松方の頭がそこにある。


竹永「松方、」


呼んでみる。しんとする室内はどうも気まずい。


竹永「おーい…」


再度呼んでみるが反応はない。爆睡しているのだろうか。

どうしたもんか…とその矢先、松方はびく、と肩を動かしてむくりと起き上がる。

ずる、と肩から落ちた鞄をもう一度肩にかけ直す竹永。


竹永「松方、店長どっか行ったっぽいよ。用済んだなら早く帰りなねー」


松方「…え」


松方は鼻に落ちた眼鏡を軽く持ち上げ、ぼぅっとしているのか沈黙をつくった。言うこと言った竹永は出口へ向かう。


松方「待っ…て、ください、竹永さん」


竹永「ん?」


松方の声が、少し掠れていて。それが何だか竹永に足止めを喰らわせた…ようだ。


松方「俺」


竹永「俺」


松方「……僕」


竹永「(松方も“俺”とか言うのか。珍し)」


松方「僕別に店長に用があったわけではなくて」


竹永「ほー」


取り敢えず松方を見つめるも興味はなさそうな竹永。

目が真っ黒に染まっている。


松方「竹永さん」


竹永「ん」


松方「興味ないですか」


竹永「ん、んー まぁ」


松方「竹永さん」


竹永「何よもう」


松方「好きです」


竹永「だから——…。……は?」



竹永は手を伸ばしかけていたドアノブから目を離しくるりと直立で松方の方を見た。松方の表情は変わらない。

見たはいいが 互いに沈黙。重い空気が漂う。


竹永「今 何月だっ、け」


松方の背後の壁にはありあり“5月”と記されたカレンダー。

竹永の瞳にもハッキリ“5月”は映し出されている。


松方の沈黙は更に5秒程続いた。


松方「竹永さん」


松方が再びそう呼び掛けた時竹永は心の中でふむ、と何かに納得し一人頷いた。


竹永「(松方はもしかして、『竹永さん』って呼ぶのが好きなのか…変わった奴)」


松方「5月です」


竹永「えっ」


松方「確かに今日は、5月15日です」


さっきのままの体勢、顔、無表情…でそう答えた。ご丁寧に日にちまで付けて。


竹永「あ、そう」


竹永の目線は松方の後ろのカレンダーに向いている。

その視線が揺れて目が合ってしまった時、松方は視線をパ、と下に逸らした。何となく、安堵の息を吐く竹永。


竹永「じゃ、帰るわ」


軽く挨拶して踵を返し、再度ドアノブを掴んだものの、その手には汗が滲んでいる。


松方「お疲れ様です」


そう、今度は竹永の背後で表情の見えない松方が言った。



◼️場面転換(数日後、自転車を漕ぐ竹永)


〈今日みたいに天気が良いと家から自転車飛ばして10分で着くバイト先は、今日までなんやかんや続いている。


始めはまぁ、嫌になったら辞めてもいいしと思って。友だちにもすぐ辞めるだろうって言われていたしね。

だからかちょっと、続いていることは誇らしかったりする。ちょっとだけね〉


竹永「(てんちょーと嫌味の言い合いになるのは怠いけど…)」


唇を尖らせる。


◼️場面転換(事務所に入る竹永)


竹永「お疲れさまでーす」

 

梶「あれ、今日ムショ入りかよ」


竹永「うん ムショ入り」


手前で上着を掛けながら振り返る、坊主が少し伸びてきた梶。


熊谷「紛らわしい」


髪を結いつつ顔を出す熊谷。


西村「同じようなもんだろ」


奥で椅子に腰かけスマホを弄りながら、西村。


〈夕勤は、この面子が多い。


——いや、もう一人〉


竹永「……」


梶「竹永タイムカードやんねーの」


竹永「やるやる」


竹永がよたよたと西村の隣の店長の机を目指した時、ノックなしにドアが開かれる。


松方「…は、」


飛び込んで来たのは松方だった。首元を掴んでワイシャツをパタパタ浮かし、息を整えている。


熊谷「びっくりしたー! 珍しい」


梶「確かにレア」


松方「や、別に…。お疲れ様です」


後方に立つ松方。振り返らない竹永。ただただ背中に視線は感じている。


店長「おい、制服着てる奴は外出ろー」


事務所から繋がるキッチンから店長の声が響いた。


梶「うーす」

梶だけが返事をして立ち上がった西村と店内に出て行く。

熊谷も「まだ交替の時間じゃねぇ…」と後に続く。


まだ着替えてない竹永と松方が事務所に残った。


竹永「…どぞ」


僅かに唇を尖らせた微妙な表情の竹永。

それを見つめる松方は頷くように会釈をし、先に更衣室に入り間もなく戻って来た。松方はハンガーごと自分の制服を手にしていて、自分は外で着替える、ことを示している。


竹永擦れ違い様、松方の真っ黒な髪の所々が盛大に手を上げている様子を見た。


竹永「松方今日寝癖凄いね」


松方「え」


言われて慌てたようにその真っ黒をくしゃ、と掴んだ。


竹永「寝坊?」


松方「いえ、どちらかというと寝不足で」


松方の表情はいつもの無表情に戻っている。


竹永「寝不足でそれ?」


松方「はい、…寝返りばかり打ったから、ですかね」


竹永「何だそれ」


ぷ、と笑って更衣室に続いた。



◼️場面転換(退勤後、事務所で瑞樹を待つ竹永)

(回想)

瑞樹『竹永ごめん、バイト終ったらちょっといいかな』

キラッキラに眩しさ放つ瑞樹の顔面が竹永に話し掛けた。

(現在)

掛時計は夜の10:20に差し掛かる所。うとうと椅子に腰掛けていた竹永はドアの開く音に反応して立ち上がった。


瑞樹「お待たせしました」


竹永「いえ」


瑞樹はそのまま店長席に腰掛け、続く竹永も彼の前に立つ。


瑞樹「いや、座って座って」


竹永「…じゃあ」


お言葉に甘えて、と、椅子を持って来て、座る。


瑞樹「でさぁ」


瑞樹は膝上に肘を乗せ前のめりに切り出した。表情が愉しそう。


竹永「シフト代われとか、店長からのクレームとかじゃ?」


噴き出す瑞樹。


瑞樹「ごめん、仕事の話じゃなくて」


竹永は首を傾げる。


竹永「仕事の話じゃ、ない?」


瑞樹「そー」


竹永「…何ですか」


瑞樹「竹永ちゃんさ――…」


竹永「え?」





(第一話 終了)

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後輩は、酷くあまく無表情だ(概要) 鳴神ハルコ @nalgamihalco

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