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スーズゥは掃除を放り出し、息を切らして石段を駆け下りた。下で待っていたユハンが何事かと立ち上がり、石段を上ってくる。
「どうした、何かあったのか」
「み、見られた……、聖域に、旅人が」
スーズゥはぜえぜえと荒い息をしながらユハンに言った。
「何だって!? どこから入った!?」
「わからない……でも、生贄の塚を見られた。祭壇も」
「そいつはどこに行った」
「裏から降りていったけど追いつけなかった。女の子で、ぼくより少し背が高くて……髪と目は黒色」
「わかった。祭壇の掃除を続けて待っておいてくれ。私は村の人たちに知らせにいく」
スーズゥは頷いて、走っていくユハンを見送った。ユハンの姿が見えなくなると、どっと疲れが襲ってきて、スーズゥはユハンが座っていた石の上にうずくまった。
こうするしかなかった。片親が妖魔のスーズゥは、半分は村の外の者。つまり異人である。村の秘密が外にばれて、旅人の足が途絶えてしまったときの保険がスーズゥだ。村人たちがスーズゥを育ててきたのは、生贄にするためだからだと言ってもいい。
ヨウランがリーシャ村の秘密を、噂として流してしまったら。そして旅人が来なくなってしまったら――次に殺されるのはスーズゥなのだ。
※
収穫祭を明日に控え、活気立つリーシャ村。
ヨウランは、その活気から少し離れた小道を歩いていた。噂に違わぬ賑いぶりだが、その噂自体、リーシャ村が意図的に流しているものなのだとヨウランは悟った。
だがヨウランがリーシャ村に来たのは、賑やかな収穫祭の噂を聞いたからではない。
ヨウランの旅は、大陸の北の端にある玄武の塔から、東回りでそれぞれの四神の塔を巡り、玄武の塔に戻るというものだった。いまは西の朱雀の塔を出た後で、玄武の塔に戻る途中である。
先日ヨウランがたまたま立ち寄った街には、古くからリーシャ村と作物の取り引きをしている商人がいた。
宿場で旅人たちが、リーシャ村の収穫祭では酒がふんだんに飲めるという話をして盛り上がっているとき、その商人が不意に水を差すようなことを言った。
「この時期にあの村に行くと、神隠しに遭うからやめろと昔よく言われたもんだよ。元々この時期にゃ収穫祭をやってたが、旅人を招き始めたのはほんの十年くらい前のことだしさ。あの村、なんかあるよ」
ヨウランはそれを聞いてこの村に来たのだ。
巻き込んだスーズゥには悪いことをしたな、と思いながら、ヨウランは小道を外れてさらに小さな路地に入った。もはや路地というより、家と家の隙間である。
きっとスーズゥは誰かにヨウランのことを報告するだろう。そうなったら村人に追われることになるかもしれない。だが村人たちはきっと警戒心が強い。ヨウラン以外の旅人に怪しまれるような騒ぎは起こさないはずだ。
不意にどこからか話し声が耳に入ってきた。よく見ると、民家の前の小川で、婦人たちが洗濯をしながら雑談をしている。
「そうだ、夏に木こりの親子が山で事故に遭った話、知ってる?」
「ああ、あれね。どうかした?」
「実はあれ、事故じゃなくて獣に襲われたって話よ」
「でも、祭司たちは倒木の下敷きになったって」
「それは嘘よ。一番最初に発見したオイネンが、『あれは明らかに獣に喰われた後だった』って」
「やだぁ、やめてちょうだい、そんな酷い話」
すると話していた二人に、別の婦人が割って入ってきた。
「それけっこう有名な話になってなかったかしら? あとそれ、ただの獣じゃなくて、妖魔に喰われたって話よ」
「ええっ、妖魔に!?」
「……でも、村には妖魔は入ってこないでしょ? 祭司様たちが、妖魔避けの結界を張っているんだから」
「一人いるじゃない。村の中に妖魔の子が」
「……まさかスーズゥのこと?」
ヨウランはぴくっと指先を動かした。
スーズゥが妖魔の子?
「二年前に旅人が村の端で喰われて死んでいたのも、スーズゥのしわざって話よ」
「やだ……リンさん、ちゃんと封印できているのかしら。だいぶ歳だから、もう力が衰えてきているんじゃない?」
「ありえない話ではないわね」
「今年の収穫祭は、何もないと良いけれど」
婦人たちはそう言って、洗濯を終えてそれぞれの家に戻っていく。ヨウランは急いで民家の蔵のうしろに隠れた。
スーズゥには言わなかったが、ヨウランには魔法が使える。スーズゥの手枷に魔力がこもっているのは見てわかっていた。いったい何のために、と思っていたが、スーズゥの妖魔の力を封じるためと知れば納得がいく。
婦人たちは庭先で洗濯物を干している。ヨウランはこっそり小道に戻ると、急いで旅人の集まる村の広場に向かった。木を隠すなら森だ。下手に一人でこそこそするより、旅人たちの多い場所で普通に過ごしたほうが安全だ。
半妖のスーズゥ うたかた あひる @ryuuounosyo
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