リーシャ村の真実

1

 リーシャ村を囲む山の中に、特別なとき以外立ち入ってはならない聖域がある。その周りにはまじないがかけられていて、普段は入れないようになっている。


 リーシャ村の祭司のひとり、ユハンが口の中で呪言を唱える。ユハンはたいまつの火を揺らすと、そのままスーズゥに差し出してきた。受け取ると、ユハンはスーズゥの手枷に繋がる鎖を引き、聖域の中に足を踏み入れた。スーズゥもそれに続いてそっと境界線をまたぐ。肌がピリッとしたが、弾かれるほどの刺激はなかった。


「よし。ではいつも通り頼むぞ。終わったら私を呼びに来なさい。私はここで待っているから」

 ユハンは石の上に腰を下ろした。スーズゥは頷き、たいまつを持って長い石の階段を上った。


 息を切らしながら一番上にたどり着くと、石でできた祭壇が現れる。今日のスーズゥの仕事は、この祭壇の掃除である。前回の収穫祭から一年放置された祭壇は、落ち葉や虫の死骸に埋もれ、生えかけの苔でうっすら緑色に染まっていた。


 スーズゥはまずたいまつを決められた場所に挿して、落ち葉や虫の死骸を箒で掃いた。そのあと、近くに放置された水瓶を運んで、溜まった雨水を祭壇にかけ、掃除用の布で祭壇を磨く。細かい装飾の隙間を丁寧に擦らないといけないので、スーズゥひとりだとけっこうな時間がかかる。だがいつものように御頭が殴ってくるようなことはないので、祭壇の掃除はそこそこ好きだった。


 もくもくと祭壇を磨いていると、突然森の中からバサバサと小鳥の群れが飛び立った。

 獣でも現れたのだろうか。スーズゥがじっと森に目を凝らしていると、思いがけない人影がこちらへ近づいてきていた。


「……ヨウラン!?」

「ハァッ、ハァッ……やっと着いた……」

「なんで……っ、ここ、入れないはずだよ!?」

 スーズゥは立ち上がって、ヨウランのほうに駆け寄った。ヨウランはにっと笑った。

「ここに入っていくのが見えたからさ、何があるんだろうと思って裏から回って来たんだ。こんな祭壇があるなんて」


 スーズゥは出て行け、と言おうとしたが、それでヨウランが素直に出ていくはずがない。が、スーズゥの牢よりもこの聖域のほうがはるかに危険だ。ここは絶対に旅人に見られてはいけない場所、リーシャ村にとっては、スーズゥの存在よりも何よりも隠したいものである。もしユハンに見つかったら、即刻ここで殺されてもおかしくない。


 ヨウランは細かな装飾が施された祭壇を見て、すごい、と呟きながら周りをうろうろしていた。スーズゥは掃除の布を握りしめて、落ち着け、と心の中で自分に言い聞かせた。もしヨウランが殺されても、スーズゥには何の影響もない。大丈夫だ。でも、スーズゥがヨウランを知っていることがユハンにばれたら、問い詰められるに違いない。


「ヨウラン」

 スーズゥが呼ぶと、ヨウランは「なあに?」とこちらを振り返った。

「ヨウランは収穫祭のためにこの村に来たんだよね」

「もちろん。明日からよね。楽しみだわ」

「悪いことは言わないから、収穫祭が始まる前にこの村を出たほうがいい」

「……どうして?」


 スーズゥは首を横に振った。言えない。本当は……もしヨウランが殺されたら、むしろスーズゥにとっては好都合かもしれない。だからこそ、スーズゥができるのはここまでだ。


 ヨウランはじっとスーズゥを見つめたあと、ふと祭壇の裏のほうに歩き出した。目で追うと、ヨウランは奥の方を指さした。

「あたし、さっきあっちで、塚を見たの」

 スーズゥの心臓がどきっと跳ねた。ヨウランはゆっくりと振り返る。

「この村、人を生贄にしているのね」


 どっと冷や汗が出た。

 見てしまったのだ。ヨウランはあれを。生贄になった人たちの死体が埋まった塚を。

 ……リーシャ村の収穫祭では、旅人が消える。

 それは村の外の人間、つまり異人を生贄に捧げているからだ。

「スーズゥはそれに関わっている。だからあんなところに閉じ込められて、村の外の人たちに見られないようにしているのね。この場所もそう。わざわざ魔法で結界まで張って隠してある」


 知られたからには……村の外に出すわけにはいかない。リーシャ村に黒い噂が立って、旅人が来なくなれば、次に生贄にされるのはスーズゥだからだ。


「こんなの許されることじゃない」

 ヨウランは言って、くるりと踵を返した。

「待って!」

 スーズゥは叫んで追おうとしたが、足枷のせいでヨウランには到底追いつけない。転がるように山を降りていったヨウランの後ろ姿を、スーズゥはただ呆然と見送ることしかできなかった。

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