第四話「アンゼルさん」
次にリンクが目を覚ましたのは、それから1週間が経った時の頃だった。
「うん、熱は下がったね。もう解熱剤がなくても大丈夫そうだ。…と、」
まだふわふわとした意識の中、くぐもったような音がだんだんと鮮明になる。
目の前が明るくなって、視界の中にあの人間の姿が映っていくのが分かった。
「おはよう。調子はどうだい?」
『……にん、げん…、』
(そういえば、よく覚えてないけどこの間もいた人だ。)
どうしてここに人間がいるのか疑問に思っていると、
その女の人はこちらへ手を伸ばす。ちょっと怖くて体をこわばらせたけど、
別にこの女の人から敵意の匂いはしなかったのでそのままでいることにした。
「いい子だね。君の名前は?」
リンクの体をサワサワとしながら受診するアンゼル。
人間の匂いでいっぱいだ、初めての匂いだな…なんて思いながらリンクは答えた。
『僕はリンク。お姉さんは?』
「私の名前はアンゼル。アンゼル・レトリー。
ここで君たちのお医者さんをやっているんだ。まだ骨はよくなさそうだけど、
君がここにきた時よりかはよっぽど良くなったね。さすが獣人種」
“獣人種“その言葉を聞いて、嫌な記憶が蘇る。
思わず耳を後ろに倒して警戒する体制を取ってしまった。
そんなリンクを見て、アンゼルはただ優しく顔を覗き込みながら微笑む。
「大丈夫、ここには君をいじめるものはいないよ。」
『…本当?』
「あぁ。そんなことは私がさせないさ。」
リンクが寝かされていた台からアンゼルは離れて、何やらごとごとと
銀色に光るはこのなかで水を扱い始めた。
『でもアンゼルさん、人間じゃん。僕たちに敵うの?』
「ははは、痛いところをつくねえ。」
『はははて…汗』
軽やかにかわすように笑い飛ばしたアンゼルさんは、木の丸太を
窪ませたような板に水を汲んで持ってきてくれた。
『これは?』
「お水だよ。とりあえずゆっくり飲んで。」
『この…木のマルタみたいなのは?』
「これはお皿…君たちでいうところの葉っぱのお皿の、木バージョンだ。」
『へぇ。人間はやっぱり器用だね。』
ぴちゃぴちゃ、と舌でお水をすくって飲む。
確かにこれなら、近くに川がなくても安定して飲むことができる。
人間は嫌なことばかりするけど、頭は回るんだよな…
「ねぇ、きみ。親は?」
『………』
1人でぼーっと考えていると、いつのまにか隣に来ていたアンゼルさんが聞いた。
僕はちょっと俯いた後、考えて答える。
特に今は嫌なことされてないし、お水も飲ませてもらったし…
答えないのは失礼だよね。
『わからない…です。物心つく時にはもう、僕しかいませんでした。
僕は獣人種だから、きっとどちらかはアンゼルさんみたいに人間だと思います』
「え?どうして?別に獣人種だからといって、
どちらかが人間である可能性は半々だよ。」
『そうなの?』
てっきり、人間と獣がつがいになって生まれるから
獣人種になるのかと思っていたリンク。きょとんと拍子抜けした表情を見て、
アンゼルさんは優しく教えてくれた。
「獣人種ってのはね、確かに人間の血が混じってできる獣族の一種のことだけど…
何も、パパやママのどちらかが人間である必要はないんだよ。
というか、今の時代そっちの方が珍しいかも。
獣人種同士がつがいになっても、生まれてくるものなんだ。」
『そっか…、そうなんだ。じゃあ、どっちも獣だったりするの?』
「そう。ただ、やっぱりそうなってくるとだんだん人の血は抜かれていって、
いつかどこかで純血種になるんだけどね。
人間の血が強いと人型になれたりもするけど…君はどっちだい?」
『人型?』
きょとんと首を傾げたリンクを見て、またふふッと笑ったアンゼル。
どうやらリンクはまだまだ知らないことがたくさんあるみたいだ。
「んまっ、とりあえずは怪我を直しておくれ。ここまでフォスシルが
運んできてくれたんだよ。彼もちょくちょく見にくるから、会えると思う」
『フォ…?人型…?…???』
色々新しい単語が出てきて困惑するリンクは、空になったお皿を一舐めしてみる。
「もっと飲むかい?」
『…大丈夫、です。ありがとう』
「はいよ」
そこから数日間の間、アンゼルさんと一緒に過ごした。
獣人種である僕の回復力が他より速いなんて、初めて知ったリンク。
その他にも、人間が使う「コップ」や、料理をしたりする「台所」なんかを
教えてもらったリンクは、少しだけ人間と一緒にいても楽しいことを覚えて、
アンゼルさんのことに興味が出始めていた。
『ねぇ、アンゼルさん』
「なんだい?」
『どうしてアンゼルさんはこんな山の中にいるの?
人間は大体、トシっていう…人間同士が集まる場所で暮らすんでしょ。
それとも森で過ごす種族もいるの?』
「あぁ、なに。いやね、別に昔は私も都市という場所で暮らしていたよ。」
『じゃあ、どうして今ここにいるの?』
「うーん。まぁ、人にも住みやすい場所ってのはいろいろあるもんなんだよ。」
なにやら含みのある言葉でのらりくらりと交わされた気がして、
ちょっと不思議な気持ちになるリンクは首を傾げた。
(僕がワカサギの森の崖の上が好きみたいな感じなのかな。)
「さ、もうすぐフォスシルが来るはずだ。準備をしなくてはね…」
別の部屋へと移動してしまったアンゼル。
リンクは1人部屋の中に取り残されて、一息ついてから足の上に頭を乗せて伏せた。
なんだかよくわからないけど、体を縮こまらせる必要もなく、こんなにのんびりと
リラックスできたのは生まれて初めて。寒くも暑くもない場所で、
こんなにゆっくりできるなんて初めてだな…と思いながら、
またリンクはだんだん眠くなって、そのまぶたはとろんとしたまま閉じられた。
「おーい、起きようか〜、ご飯の時間だよ。」
『…、おはよう、アンゼルさん。』
「おはよう。もう夜だよ、点滴とかお粥とかだけじゃなくて、
今日は固形物も食べてみようか。お肉は好きかい?」
『お肉!あんまり食べられたことないけど好きだよ。
うさぎの肉は柔らかくて美味しいんだ。でも一番は牛さんのお肉が好き!』
「はは、さすが肉食獣、グルメだね〜。今日は若いうさぎの肉さ。
柔らかくて食べやすいと思うよ。」
『いいね、お腹減ってきた!』
皿の上に置かれた生肉にがっついてバグバグと食べるリンクを、
まるで我が子を見つめるかのようにそっと見守るアンゼル。
こうして誰かのぬくもりに触れながら大好きなお肉を頬張る瞬間がとても嬉しくて、
リンクはもっとガツガツと肉に噛みついていくのだった。
『美味ひい〜』
「まだおかわりあるから、喉に詰まらせないようにゆっくり食べなね。
こっちはスープだよ。君用に作ったから飲んでも大丈夫。」
『わ!アンゼルさんが食べてるご飯美味しそうだと思ってたんだ。食べていいの!』
「いいよ〜、たんとお食べ」
『やった!』
リンクは尻尾を振り上げながら、目の前に置かれたちょうどいい暖かさの
スープをひとなめした。お水とは違って味がついているそのスープは
とても美味しくて、キラキラしているように見えた。
『僕このスープ大好き!とっても美味しい!』
「それはよかった。」
『ありがとう、アンゼルさん。』
スープをカラッと飲み干しアンゼルさんの方を見ながらお礼を言うと、
きょとんとした顔をするアンゼル。
『僕こんな美味しいご飯初めてだよ。あったかい布団も、あったかいご飯も、
僕の体の面倒も見てくれてまるでお母さんみたい。
アンゼルさんはとっても優しくて暖かくて、
一緒にいるととても幸せな気持ちになれる。だから嬉しい、ありがとう!』
「…そうか、お母さんか……、あはははw」
綺麗な銀髪が揺れて、笑い出すアンゼル。
『どうして笑ってるの?』
「あははwいやwううん、なんでもない。ただ嬉しいんだ。
こっちこそ、苦い薬とかも飲んでくれてありがとね。」
(あ、またこの手だ。)
優しく包み込むように頭を撫でられたリンクは、
この人特有の暖かさと感触がすっかり好きになっていた。
(いつまでもこんな日が続けばいいのにな。怪我が治っても会いにきていいかな。
アンゼルさん大好き。)
___________
それから3日ほどが経ち、リンクはすっかり包帯なしで駆け回れるほどに
回復していた。そろそろアンゼルとの生活が終わるんだな、と
少し寂しくなっていたリンク。庭で少し黄昏ていたリンクの元に、
何かひんやりとした空気をまとう4本足が近づいていた。
獣人リンク冒険記 ジン @Jin504
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。獣人リンク冒険記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます