恋愛定義

渡貫とゐち

恋が気になるお年頃


「恋ってなんだろう……」


 と、順調にませてきている小五の妹が呟いた。

 勉強中のおれの真横で、ベッドに寝転びながら。……おい、足を枕に乗せんな。


 大胆にめくれたスカートの中身が丸見えだけど、一切、なにも感じない。

 だって相手は妹だし。

 ただ、気になるのが、すげーオシャレでアダルトチックな下着だけど、それ、母さんのじゃないよな?

 母さんのだとしたら、それはそれで、母さんがそんなものを穿いているのかと思うと引いてしまうが。


「兄ちゃんは恋のこと知ってる? って、知ってるわけないか。勉強ばっかりで彼女のひとりもいないもんねー?」


 ぷーくすくす、とわざわざ口に出す妹。

 ……思わずペンを止めてしまったじゃないか。


「確かに、彼女のひとりもふたりもいないが」

「ひとりがいなければふたりもいるわけないじゃん。見栄張るなよ」


 喋り過ぎただけだよ。

 ともかく、恋か……恋ねえ。


 恋とはなんなんだ、と聞かれたら、なんと答えればいいのか。

 相手のことが好きならばそれは恋なのでは? だが、好きにも種類がある。


 母親が好きだ、妹が好きだ――じゃあこれが恋かと言えば違うだろう。友人のことが好きだ、ただ、その好きは一緒にいて楽しいから、知らないことを知っているから――という知識の泉として好きだ、という場合は、やはり恋とは言えないのではないか。


 もしくは性欲。快楽。

 そういう行為がしたいから好きだと言えば、肉体さえあれば魂はなんでもいいということにもなってしまう。肉体の欲と魂の欲が合わさっていれば、それが恋と呼べるのか?


 違う気がする。

 一目惚れ、という言葉があるように、見た目……容姿。相手が纏っている空気感で、直感から相手のことを好きになることもある。

 言葉にできないけれどなんだか好き!

 という明確な理由のない好意も、じゃあ恋と言えるのではないか?


 理屈ではなく、理論ではなく、なんとなく。

 恋とは、なんとなくの寄せ集めで形になっているのでは?


 恋というものを今更、定義しようとすることが無茶なことなのではないか。

 無理難題というか……どう答えを出したところで無理問答なのかもしれない。


 恋の形は人それぞれであり、自分の中にはっきりとした形があるのだ。

 妹は「なんだろう?」なんて言っているが、実は内心で、分かっているはずだ。きっと、おれの答えを「違うよバーカ」と嘲笑うためであり、本当の答えが欲しいわけではない。


 最初から妹は問答無用のつもりなのだ。

 ベッドの上で足をばたばたさせながら。妹は恋愛漫画を読んでいる。ちなみにおれのだ。

 クラスメイトからおすすめされて買ってみたらハマってしまい、出ている分を買ってしまった恋愛漫画。……少年漫画だが、中身はなかなか恋愛一本で青春している。


 主人公はヒロインに憧れを持っていて……それが恋になっていた。

 憧れは、恋になるのか。

 なるほど。となると、結論は出たようなものだった。



「……恋は、枝分かれした感情の先にある結末なんじゃないかと思う」

「ん? ほお……興味深いじゃん」


 本当かよ。

 お前、真っ直ぐに漫画読んでるけど。

 視線すらおれに向けてねえじゃねえか。


「でー? つまりどういうことなんー?」

「ようするに、どんな感情であれ、それは恋と言えるということだ。これが恋、という決まった型はなくて、感じた本人がこれは恋だと自覚、もしくはそう設定してしまえばそれは恋なんだ。恋には千差万別の型があって、あらゆる型を恋と言うこともできる。――そう、恋とはオールマイティカードなんだよ!!」

「それ、思考放棄じゃん」


 聞いたあたしがバカだった、とでも言いたげに肩を落とす妹。

 漫画にも興味を失くし、ぺらぺらと、斜め読みどころかパラ読みもせず、というか目を閉じているので読んですらいない。

 読み終えた(?)漫画を枕元に置いたまま、ベッドから下りる。


「恋がなんなのか、賢い兄ちゃんなら分かると思ったのになー……」

「おれにだって分からないことはある。というか分からないことの方が多いよ。日々、勉強だからなあ」

 そして、それがこれからもずっと続くのだろう。


「じゃあ、恋のことも勉強してよ」

「恋がなんなのか分からないし。今、こうしてお前と喋っていることも、恋かもしれないけど」

「キモ」

「だけど否定できるか? 兄への好きと、妹への好き、これは恋ではない、と言える理由は?」


 臭いものでも嗅いだように顔をしかめた妹は、本当に気持ち悪がっている。

 ……ショックだった。

 ここでショックを受けるということは、おれは本当に……恋をしているのか……?


「兄ちゃんのこと、別に好きじゃないし」

「嫌いも意識している内に入るぞ。つまり、嫌いも、そういう形の恋かもしれない。――恋とはなんだ? その答えが出ないままだと、『これは恋ではない』という否定も出てこない。正解が分からないんだから不正解も分からず、あれもこれもそれも『全部が恋』なのでは? と思っておくしかない」


「少なくとも、兄ちゃんへの愛は恋じゃないよ」

「愛」


 新しい単語が出てきた。恋ときて、愛。その差はなんだ?

 しかし繋げてしまえば恋愛だ。

 恋と愛と恋愛は違うのか?


「お前からおれへの愛って、どういうものなんだ?」

「いや、もういいって。あたしが悪かったから。うんと長くなりそうだから……やめとく。兄ちゃんの受験勉強を邪魔しちゃ悪いし」

「ここまでくると、この問題を解決しないとスッキリしない……。受験勉強にも身が入らない段階まできてる。お前が言い出したんだから、ちゃんと答えを出すまで付き合ってくれよ!」

「あ、そう言えばわんこの散歩にいってなかったかも」


 妹が逃げるようにおれの部屋から出ていこうとする。

 おれよりも飼い犬を優先するのか。……散歩は、確かにいってあげないと可哀そうだが。


「……犬への、愛……これは恋か?」


「あのさー。……兄ちゃん、勉強し過ぎだよ。ちょっと休んだら?」


 気を遣われた。

 気を遣うということは、妹の憐憫の目も、恋の一部と言えるのでは?




 …了

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