Episode1-9 あの期間

【Side ヘルハイト】


黒に染まった教会の上、動きを止めた鐘が鎮座する高台に座り、ヘルは遠くを眺めていた。森を突き抜ける高さを持っているこの教会だが、ヘレン曰く教会から数百メートルにかけて隠蔽の魔法が掛かっているらしい。


どこでその技術を得たのか甚だ疑問だ。ヘレンが鍛錬をしている様子を、今まで見たことが無かった。そもそもヘルには、聖魔法の鍛錬の方法がどの様な物なのかも分かっていなかった。


これ以上思考しても時間の無駄だと考え、元の思考に戻すべく、ヘルは目を瞑ってヘレンと会ってからオリーブ家を襲撃するまでの事を思い出し始めた。






──数週間前



教会の前には、ヘレンとヘルの2人が居た。シャルは森に行っているらしく、不在だ。まだヘレン達とは出会ってすぐであり、正直あんなに小さな子を1人で森に行かせて良いのかと思うが、ヘレン曰く心配は要らないらしい。


2人は互いに座り、情報共有をしていた。



「ねぇヘル、何個か気になってたこと聞いていい?」


「ん、おじさんに答えられるなら何でもどうぞ〜」


「…じゃあ単刀直入に聞くけど、この森で強い魔物倒したりした?」


「…なんでそう思ったの?」



正直、ヘルは内心驚いていた。予想外の質問ということもあったが、ヘレンがそれを見抜いたことに何よりも驚いていた。


一瞬固まってしまったが、すぐに戻って質問に答えを返す。



「うん、倒したね。確か5日前くらいかなぁ…デカい蛇だった、あれはもう少し魔力が溜まっていたら、ドラゴン…最悪の場合7体目の竜種が誕生してたかもねぇ。」


「思ってたより一大事過ぎて笑えないね。」



ドラゴン。それは竜種と区別されて呼称されており、明確な違いは身体の大きさと翼の有無であろう。ドラゴンは強い、防衛系統が整っていない小さな街なら簡単に滅ぼせる。殆どの生物よりも強いと言っていいだろう。


だが、竜種と一部の魔物は別格だ。本気になった竜種など、ドラゴンが100匹集まったところで塵芥に過ぎない。イレギュラーにイレギュラーを重ねた存在、それが全ての生物の頂点である6体の竜種なのだ。


そんな竜種が誕生していた可能性がある。なんて、ここを拠点としているヘレン達にとっては頭の痛い問題だったのだ。幸いにも誕生したのは巨大な蛇で、ヘルが既に討伐済みなのだが。



「雷竜エルブスもここ、【魔森】から生まれたし、もしかしたらこれからも誕生する可能性はあるよねぇ。」


「怖いこと言わないでヘル。とりあえず話を戻して、その蛇はどんな感じでどうやって倒した?」


「ん〜。確かあの蛇は黒と紫の身体だったと思う。長さ30m、太さ3mくらいでぇ…腐敗させる毒と斬撃無効を持っていたねぇ。」


「へぇ…腐敗毒に斬撃無効…。…ヘル魔法使えるの?」


「使えないよ?多分、騎士なのにどうやって斬撃無効の蛇を倒したかって聞きたいんでしょ〜?」


「…うん。」


「教えて上げるよ。おじさんの持ってるこの剣、【魔剣ハート】は相手の魂に作用するんだよねぇ。効果は衰弱。切った相手の魂に微量の衰弱効果を掛けて、切れば切るほどその効果が上がる。これでじわじわ削って倒したってわけよ。」


「…こわ。間違って味方に当たったら大惨事じゃん。」


「そうならないように剣を振ってるんだよ。…まぁ、一応この剣の解除方法もあって、高位の聖職者による浄化か1日経つと勝手に無くなる。」



ヘルは剣を鞘から抜いて、その全貌を見せた。丁寧に手入れされた剣身は深黒の輝きを放ち、持ち手には赤黒い宝石が嵌まっている。


軽く握り、真っ直ぐ振り下ろせば、風を切る音とともに風がヘレンに向かって流れる。急な風に顔をしかめているが、すぐに元の顔に戻って剣を眺め出した。



「誇り高き騎士が相手の衰弱待ち戦法か…良いの?」


「良いの!今は暗黒騎士なので、誇りなんてありませ〜ん。勝てば良いんです勝てば〜。」



ヘルの子供の様な言い方にヘレンが口を隠して笑った。むず痒くなったヘルは、気になっていたことをヘレンに聞いた。



「ねぇ、さっき何個か聞きたいことがあるって言ってたけど、他には無いの?」


「あ、忘れてた。…じゃあこれは私が気になるだけなんだけど、ヘルって何歳なの?見た目は若いけど一人称は"おじさん"だし…。」


「なんだ、そんなことかぁ…、おじさんは──」



そこまで言いかけて、動きが止まった。ヘレンが不思議そうな顔でヘルを見ると、ヘルはハッとして動き始めた。



「年齢かぁ……それは秘密ってことで、普通のおじさんくらいだと思ってれば良いよ。」


「……ふ〜ん、そっか。じゃあ30代前半くらいだと思っておこうかな〜。」


「助かるなぁ〜。」



ヘルは頭を掻きながら苦笑した。

そしてヘレンに対して質問を繰り出した。



「ヘレンは…結構強いよね。それこそあの毒蛇を倒せるくらいには。」


「へぇ、分かるんだ?」


「騎士ってそんなもんだよ。」


「それはヘルだけでしょ。」



ヘレンは笑いながら、興味深そうにヘルを見た。これまで自分の力に嫉妬され、いじめられてばかりだったヘレンから見て、力を持っても驕らず自分をバカにもしないヘルの存在は珍しかったのである。



「それで、なんでそんなこと聞いたの?」


「戦力の確認かな?リーダーが戦え無いならおじさんが護衛にでも就こうかと思ってたんだけど…。」


「う〜ん、そこはおいおいだね。私は結構強いし、ヘルには出来るだけ前線に行ってほしいんだよねぇ。」


「ま、そうだよね。今の戦力じゃおじさんが前に出るのが最善だし。」


「最善…最善とは言えないけど、次善くらいにはあるかな?」


「ふ〜ん。じゃあ最善は?ヘレンが巨大魔法陣で消し飛ばすとか?」


「シャルが出る。」


「ふぁ?」



ヘルが目を点にしてヘレンを見た。一番予想していなかった答えだったのだろう。訝しげな顔をして間抜けな返事をしたヘルに、ヘレンが苦笑して返した。



「シャルの力は使役。ありとあらゆる生物を支配して、戦力にすることが出来る。」


「…まじ?」


「まじまじ。正直あの子は軍隊並みの戦力を内包していると言っても過言では無いかな。今も森に入って魔物を使役してるでしょ。」


「あ〜、それで心配要らないってことか。」


「そ、あの子は特に生き物に好かれる体質みたいだから、対生物ならほぼ無敵、対人もとんでもないレベルの武人とかじゃない限り、魔物に任せれば勝てると思うな。後は本人の努力次第でもっと強くなれると思う。」


「人は見かけに寄らないって言うけど、まさかここまでだとは思わなかったなぁ。これおじさんいる?」



ヘルが自分をさして自信なさげに言った。

それをヘレンはニコニコしながら一瞥して、シャルの居る森の方に視線を飛ばした。



「私とシャルは近接戦闘となるとあんまりだからね。正直ヘル、近接なら負ける気しないでしょ。」


「ん、まぁね。慢心は駄目だけど、相応の自信は無いと騎士はやってられないよ。まぁ今は暗黒騎士だし、竜種一歩手前の毒蛇も倒したから慢心してるけどねぇ。」



堂々と慢心していると言うヘルに、ヘレンも苦笑を返した。が、その顔はすぐに暗くなった。


どうしたのかとヘレンを見ると、申し訳なさそうな顔でヘルに質問を飛ばしてきた。



「ねぇ、ヘル。ヘルはさ、元彼女と元仲間に復讐したいとか思ったりする?暗黒騎士も、やりたくてやってる訳じゃないでしょ。」


「………そうだね、復讐は何も産まないって、戦争で学んだはずなんだけど…。」


「だけど?」


「それでも、理不尽に全てを奪われたが泣き寝入りするのは気分が悪い。出来るなら、あいつらに復讐してやりたい。俺がこの手で…。」


「……そっか。ごめんね、こんな質問して。」


「…いや、良いよ。ヘレンの気遣いでしょ?いずれ世界を滅ぼすんだし、おじさんが復讐をするって目標にでも入れておいて。」


「…ん、そうするよ。」



しばらく黙っていたヘレンだったが、おもむろに立ち上がってヘルに近づいた。そしてヘルの後ろに回ると、ヘルを背後から



「んぇ?急にどしたのヘレン。」


「驚かないんだね、流石元彼女持ち。」


「その話はやめてよぉ、辛くなってくる。それで、どしたの?」


「……いや?特に意味は無いよ。強いて言うなら…私に付き合わせてるお詫びとか?どや、美女の大っきいお胸は。気持ちいやろ〜。」



ヘレンはニヨニヨと笑いながら、ヘルの背中に身体を押し付けた。端から見ればバカップルそのものである。



「何その口調……いやまあ元気にはなったよ。」


「え、下ネタ?」


「違うよ!おじさんのこと慰めようとしてくれてたんでしょ?!」


「えっ、慰め…そんな」


「だぁぁもう!そういう意味じゃない!女の子がそんなこと言わないの!早く離れて─「あ!ヘレンお姉ちゃんとおじさんがイチャイチャしてる!」 ッ!?」


「ちょ、シャル!?その言い方は誤解を産む!」


「?誰に?」



2人が押し問答をしていると、森から帰ってきたシャルに見つかってしまった。流石に推定12歳には早すぎる!ということで2人は急いで離れた。


その後神様も加わったことで状況はカオスを極め、最終的にヘレンが話を逸らしまくることで事なきを得た。







そこまでで思い出すのを辞め、ヘルは立ち上がった。気付くと辺りが暗くなり始めていた。どうやら長い時間、考え込んでいたらしい。



「前線行くとか、近接戦闘なら負けないとか言ってたのに…結局オリーブ家襲撃だと全然出番無かったなぁ…。次こそはおじさんの凄さ、見せてやる…。」



ヘルが襲撃からストレスが溜まっていた理由。それは、あの屋敷でヘルだけ、これと言った活躍が無かったからである。


次こそは活躍しなければならないとヘルは強く決心し、剣を持って教会から飛び降りた。


なぜそこまで活躍したいのかは、ヘル自身もまだ知ることはない。



────────────────────

どうも、ゆーれいです!


今回はヘル視点の話でした!


今までの書き方とちょっと変えてみたんですけど、どっちの方が読みやすいですか?


この話は元々無かったんですけどね、ヘルあんまり活躍して無くね?ってことに気付いてしまったので、急遽入れました。


リベリオンとの戦いではしっかり活躍するので、屋敷の事は許してつかぁさい!


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それではまた。

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裏切られた聖女は世界を静寂に包む〜いじめられた上に教会から追放されたから闇堕ちして気ままに世界を滅ぼすことにした〜 ゆーれい @unknown0325

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