植民惑星の遭難者
朝倉亜空
第1話
辺りは一面砂地となっており、そのだだっ広い空間に大岩や小岩がごろごろ転がっている。上空を見上げれば、ずお、ずお、ずお、といくつもの大きな山々が立ち並んでいた。それらがみな活火山、それもみな活発な活火山であることをその場にいる男は知っていた。男はその中でもひときわ高くそびえている火山の中腹にいた。何度も地の底からゴロゴロ、グゴゴゴと不気味な地鳴り音が聞こえてきている。そのたびに地面が小刻みに震えた。ゆえに、今、男は非常に恐れている。
ここは植民惑星「ゲラ」。
やってはいけないことをやってしまうのが愚かな
もっとも、ゲラは砂や岩石しかない不毛の惑星だった。しかも、山と言えばそのほとんどが非常に活発な噴火活動を発するという、惑星としてはまだまだ発展途上にある星だった。その砂漠の惑星「ゲラ」に草花や樹木の種をまき、人工降雨装置で雨を降らせ、川を作り、核戦争後に何とか生き残った鳥や魚、動物たち、もちろん、人間たちを超大規模輸送船隊「ノアの方舟隊」によって運び込み、少しづつ街を形成し、人が住めるようにしていった。
そして、統一政府を作り、統一通貨を定め、この地における経済活動を含めて、なんとかある程度の人口が住めるような規模になった時、暦を「ゲラ元年」と定めた。西暦で言うならば、2293年である。現在はゲラ8年。
「どこか見晴らしのいいところへ連れて行ってくれ」
休日のひと時に、モービルのシートに身を沈み込ませて、そう一声発して仮眠をとった男は、気が付いた時にはここへ運ばれていたのだった。
モービルの外へ出て、男は周囲を見渡した。進入厳禁危険区域であることは一目でわかった。モービルのAIがとんでもないエラーを働いたものだ。しかも、音声認知回路も働かず、一切の指令を受け付けない、つまり動かない、つまり都心部へ帰れない状態になってしまったのだ。はて、どうしたものかと、しばし思案した男はある物を常備していることを思い出した。モービルに向かって、「トランクを開けてくれ」と言ったものの、何の反応もない。ああ、そうだったそうだった。
男は仕方なく、手動でモービルのトランクを開けた。そこから同じく仕方なく、
男はそれを火山山頂へ向けて進むように指示した。よかった。そいつはちゃんと命じたプログラムに従って、山のてっぺんに向かって、飛んで行ってくれた。
しばらくすると、男が手にしている通話レシーバーの青ランプがピーッピピ、と点灯した。ドローンはうまく高みに着陸し、パラボラアンテナの送受信体制を整えたようだ。男は少しほっとした。
「SOS、SOS! 聞こえますかー! 誰か応答願います! SOS!」
男は何度もレシーバーに向かって声を発した。何の応答もない。時間だけが過ぎていく中、それでも男は何度も何度もSOSを呼び求め続けた。数時間ほど過ぎ、辺りが薄暗くなってきたころ、
「こちら惑星政府・惑星ゲラ植民化促進開発局市街地開発部。聞こえます。どうかしましたか?」
レシーバーのスピーカーから返答が返ってきた。
「ああ、よかった! どうやら乗車していたモービルのAIが誤作動を起こしたようで、気が付いたら、火山が乱立している進入禁止区域に来たようなんです。先ほどから地面から何度もグゴゴゴゴという変なうなり声のような音が聞こえていて、火山が大噴火するんじゃないかと怖くてたまりません。助けてください!」
「わかりました。すぐに手配します。活火山が乱立している未開発危険エリアですね。通話電波の飛んでくる方向からおおよその場所はわかりました。先ほどから大きな地鳴り音がしていると。それは確かに危ないですね。ほかにもう少し何か目印になるようなものはないですか? その山の特徴とか」
「そうですね、私がいるのは、その山々の中で特に高くそびえ立っている山です。それと、山頂付近には、この通信に使っているパラボラドローンが着地しています。シルバーカラーのパラボラですので、光が当たればキラリと反射して発見しやすいと思います」
「それは良い目印になりますね。それではただいまより救助用ジェットヘリをそちらへ向かわせます。なーに、大丈夫。すぐに着きますよ」
「ありがとうございます! 私はその山の中腹辺りにいます」
「わかりました。機内にはコーヒーが常備してありますが、お腹も減っていることでしょう。何か温かい食べ物をヘリに乗せていきますね。ビーフシチューなんかはどうですか? 人工牛肉ですが、味はなかなかいけますよ」
「ビーフシチューに食後のコーヒー! どっちも大好物、嬉しい限りです!」
「そりゃ、よかった。ではそうします」
通信が終了し、男は心底安堵した。
小一時間ほどでジェットヘリは到着し、火山中腹に発見した男を無事に救助した。
「いやー、もう助からないんじゃないかと、一時は本当に心配しましたよ。助けていただき、ありがとうございます。それに、温かいシチューまで頂いて、空腹も満たされました」
機内にて、救助された男は救助隊員に感謝の言葉を述べた。
「いえ、私たちの仕事ですから。実はこの付近はやたらと遭難者が多くて、それも大体、あなたのようにモービルやスカイ・カーの誤動作でというのが多いんです。つい先日も救助活動を行ったのですが、なんとその日は一日で三件の遭難事故が発生していたんです。学者らが言うには、圧倒的に膨大な量の地下マグマが激しくうねることにより、超強力な地磁気が常時発生しているらしく、この場所に近づくと、通信ドローン程度の単純なものはあまり影響を受けることはないんですが、複雑なつくりの超精密機器類はほぼすべて狂ってしまうんです」
隊員は言った。
「そうですか。私は火山にちょっと近づきすぎたというわけですね」
「ハハハ。今後、気をつけてください」
「そうします」
そのとき、ドガアアーン! という物凄い爆発音が響き渡った。それはまさに先ほどまで男がいた火山の大噴火の轟音だった。真っ黒い煙とともに、ドクドクと溢れるように吹き出された大量のマグマが稲光の閃光と轟を伴いながら、山頂から中腹部に至るまで火山周囲全方向にわたってドロドロと流れ出していた。
「……物凄い、噴火ですね……」
「……救助が遅れていたら一巻の終わりだった。ゾッとしますね……」
男と隊員がおのおのつぶやく。
「まあ、助かったことだし、オーライオーライ。どうです、気分を変えて、熱いコーヒーでも飲みませんか」
隊員が言った。
「ありがとうございます。でも、私は結構です。代わりにお水を頂けますか」
男は言った。
「え。そうですか。てっきり、お好きだとばかり……。では、お水を」
隊員はいぶかし気に言った。
「それと……」
男は言いながら、ついさっきに食したシチュー皿を隊員に向けて差し出した。「どうもごちそうさまでした。ただ、シチューの具のことなんですが、大変ありがたく頂きましたが、私自身、ベジタリアンなので、申し訳ありませんが、お肉はすべて残した形になっています。健康のために、コーヒーなどの刺激の強い物の飲食は控え、お肉よりも野菜を摂るようにしているものでして。失礼な食べ残しをお許しください」
「え。そうでしたっけ。大好物って……?」
隊員は少し困惑した表情になった。が、次の瞬間、はっとした表情になり、一言ぼそっと小声でつぶやいた。
「……-1+1=±0……。帳尻は、まあ、合うんだし……」
噴火口からのマグマは衰えを見せずに依然、ドクドクとあふれ出し、山肌をなめるように流れていた。そこにあるすべてのものを灼熱の中に飲み込みながら……。
植民惑星の遭難者 朝倉亜空 @detteiu_com
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