第17話 イントロダクション ーベイビーギフトー


「あれ、先生。

 おはようございます」


「うっす」


休日。俺は逢嶋おうしま家を訪ねていた。


広い庭園を通り主人のいる屋敷へ向かう途中、東屋で読書していたトキに見つかった。


「うちに来るなんて珍しいですね。

 除霊ですか?」


流石、勘が鋭い。


いや、彼女からは俺の背後に立つが視えているはずなので当たり前か。


が視えるのは取り憑かれた俺自身、それと霊感のある人物のみ。


ただし、鏡やガラスに反射した姿は誰にでも見えるようだ。


「除霊、高いですよ。

 何もしてこないのにもったいないのでは?」


「だってよぉ。

 この幽霊こいつ俺が寝てると枕元まで来るし、

 洗面台の鏡にも映るからこえーんだよ。

 シャワーのときなんか大声出しちまったぜ。

 この先もずーっと後ろに立たれると思うと億劫でしょうがねーんだよ」


「そのうち慣れると思いますけど、ストレスなら仕方ないですね。

 おじいちゃんにはもう?」


「うん。ちょっと行ってくるわ」


「ごゆっくり」


トキと別れ、玄関へ。


使用人に案内され長い廊下を歩く。


庭園を臨む広縁ひろえんに向かい合うように置かれた籐椅子。


そこに、和装の雷光らいこうが腰かけていた。


この日の雷光は六十歳前後の老人の見た目をしていた。


いつもは二十代中盤くらいに留めておくのに、珍しい。


普段の飄々とした様子に比べれば幾分“仙人”らしい威厳を備えている。


「よう、フヒト。相変わらずモテるな」


「うるせえよ。

 ……いや、すまん。祓ってもらえるか?

 いくらかかる?」


今日はこちらが下手に出なくては…。


何故だろう。こいつの前ではつい、虚勢を張ってしまう。


雷光は答えず、向かいの籐椅子に座るよう促した。


「たまには顔を見せろよ。

 寂しいじゃないか」


「呼びゃあ来るぜ。

 それか、お前から来いよ」


「そのうちな」


会いに来る気なんかないくせに。


この人を食ったような態度が癇に障るのだ。


自らの本音は隠しながら、相手の懐に入り込もうとする。


俺がこいつと話していて苛立つ理由はそれだ。


「えーっと……悪いんだけど、

 祓ってくれねえか、後ろの霊」


「もう祓ったよ」


え?


振り返ると、そこには誰もいない。


縁側のガラス戸にも俺たち以外は映っていない。


向かいに座る雷光に視線を戻すと、五十代くらいの年齢にほんのり若返っていた。


……恐るべし、“ホ苑町ソノチョウの仙人”。


「手くらい合わせておけよ。

 大人しく成仏してくれたんだ」


言われるまま、目を閉じて黙とう。


目を開くと、雷光は俺の懐からかすめ取った煙草をふかしていた。


「いつの間に、こいつ……。

 で、いくら払えばいい?」


「もう貰ったよ」


雷光は紫煙をくゆらして微笑んだ。


「午後は暇か?

 少し付き合えよ」




逢嶋家で豪勢な昼食をご馳走になった後。


雷光に釣り堀のある温泉に連れていかれた。


ひっくり返したビールケースの上に座布団を載せて座る。


釣り糸を垂らして当たりを待ちながら、だらだらと雑談する。


トキの仕事ぶりはどうだ?」


「あの子がいなきゃ俺はなんも出来ねえよ」


「そりゃあよかった。

 人嫌いのあの子が懐くのは珍しい。

 仲良くしてやってくれよ」


「お友達じゃねえんだからよ。

 ……ただまぁ、信頼してるぜ。俺からはな」



俺がこの町で探偵業を始める事になったキッカケはこいつだ。



……俺とこいつの関係は何なんだろうな。


住居の恩人だし、仕事の恩人だし、命の恩人。


それ以前にこいつはホ苑町に何百年と棲む化け物ジジイだ。


なのに何故だか俺はこいつに張り合おうとしてしまう。


対等なはずがないのに。


たわいの無い話を一時間。


近くで釣ってるジジイどもは次々マスを釣り上げているのに、俺たちの針にはとうとう一匹もかからなかった。


「おめー、何かしたな?」


雷光を睨みつける。


「今日はツキがなかっただけだ。

 明日はイイ事があるさ」


……何か企んでやがるな。


釣りを切り上げ、併設された施設にある温泉に浸かった。


「依頼人を紹介したい」


湯船の中で、雷光がようやく本題を切り出した。


「……内容による」


「心配するな、今回は最初から

 俺がケツを持つつもりだ」


「お前の神通力でどうとでも出来るもんじゃないのか?」


「俺一人ですべては見られん。

 お前を頼っている事情はわかるだろ」


「……まぁな」


いつかトキは雷光についてこう語っていた。


「仙人なんて呼ばれてますけど、

 私が思うにおじいちゃんは守り神に近い存在なんだと思います」


特別な力を持った人間が多いこのホ苑町で、更に異質な存在。


話している分には別にそういった感じも無いのだが。


そういえばコイツがいつもより老けているって事は、何かの前触れなのでは?


「なぁ、もしかしてその依頼、

 ちょいと物騒な事になるのか?」


「まぁな」


雷光は目を閉じて、くすりと口元を歪めた。


「出来る事なら穏便に済ませたいが、

 あまり舐めた態度を取ってくるようなら

 ぶっ殺してやらないといけないしな」


「……いま、物騒な事言った?」


「いいや、交渉の話だ」


……勘弁してくれよ。


どんな依頼を持ってくるというのだ。


「ああ、今日も平和だな」


そんな皮肉を呟きながら、雷光はグンと高く両手を伸ばした。

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ホ苑町カイ奇譚 パイオ2 @PieO2

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