とある調香師の日常

金森 怜香

第1話

 唐突だが、香りを作る、香りを表現するというと、どう感じるだろうか?

私はアロマセラピーについて勉強を始め、今はアロマブレンドデザイナ―の資格を取得した身である。

ブレンドして、新たな香りを作りだすという表現技法は、文字にするとなると非常に難しいな、と常々思う。

だが、自分としてはもっとうまく香りについて研究し、執筆していきたい、そう思うのである。

難しいから燃えるのか、それとも好きだからこそ極めたいと思うのか……、それは自分でも分からないから、恐らく半々の気持ちなのだろう。


以前、私は無料サイトを用いて香りに関係する小説を執筆させていただいた。

その時に寄せられたレビューや感想にあった言葉は、意外な言葉だった。

『五感のうち、最も表現が難しいと思う物は嗅覚だと思う』、と寄せられていたのである。

確かに、見たもの、聞いたもの、味わったもの、触れたものであれば実体験に基づいて書いていくのは比較的容易かもしれない。

しかし、なぜだろうか。

香りという物はとても表現が難しいな、と感じる。

 例を挙げて一度考えてみたいと思う。

レモンの香り、そう言われると大抵の人は酸っぱい匂いと言うだろう。

もちろん、それで正解だと思う。

しかしすっぱい中にも、ほんのりと甘く、しゃっきりとする香りだと私は思う。

香りについて勉強したことがあれば、こういった意見が出せるのかもしれない。

 ブレンドデザインをしていくなかで、私は一つの特技を取得した。

それは、シャンプーの香りの予測である。

ブレンドで使ったことがある香りや、何となく理解できる香りが混ざっていると、大体漠然と匂いの感じが分かるようになった。

「これはピオニーが入ってるからちょっとおしゃれな感じだな」

「ネロリが配合されているなら、少し高貴な感じがするかも」

「これはローズが強めっぽいから、結構甘く香るかも」

といった感じである。

ちなみに私はネロリやピオニー、ジャスミンと言った香りが好きで、ローズ系が体質的に合わないと自分で分析している。


 こんな特技を持ち合わせているから、母にも時折柔軟剤や芳香剤の事で相談されることもある。

「フローラル系とグリーン系、どっちがいい?」

母がそう聞いてくる。

「父の分も洗うのだから、私はグリーン系の方がおすすめ。そっちの方がさっぱりとしているはずだから。フローラルだと、お父さんがちょっと嫌がるんじゃない?」

私はそう助言している。

実際、新しい柔軟剤を少し使って洗ってみると、結局父はフローラル系を嫌がり、グリーン系だと安心していた。

「アンタは本当に香りのこととなると、やっぱりよくわかるのね」

母にしみじみと言われるので、私は笑うしかない。


 私はお気に入りの服や洗える着物などは季節ごとに柔軟剤を使い分けるほうである。

春はやはり明るい気分になれるから、と桜のもの、夏はモヒートやさっぱりとした、できればミントが入っているようなものを選んでいる。

やはり、モヒートのような香りやミント系のものであれば、爽やかな感じがするから好きだ。

秋は特にこれと言った物を毎度見つけられないので、ラグジュアリーな香りの物を使うことが多く、以前お気に入りのメーカーの水色のボトルの製品を使ったら、特に香るのがミュゲ、つまりスズランを思わせる香りであった。

秋なのにスズラン……、私は思わず苦笑いしてしまったが、香り自体は好きなのでまあ良いか、と割り切ってしまった。

しかし、いよいよ問題なのが冬である。冬は結局、秋と同じくお気に入りのメーカーの黄色いボトル、シャイニームーンの香りを使うこととなっている。

四季折々の香りとなると、やはり難しい部分がある。

 だが、香りについてこだわることはやめたくないと思っている。

数少ない、自分の特技だと自負できるほど、香りについては色々と勉強を積んできたからである。


 過去には、ブレンドデザインコンテストに自分のブレンドを持ち込んだこともあった。

地元ブロックである、岐阜支部では予選を通過していた。

それ以来、好きな香りがいくつかある。

それは、サイプレス、ジュニパー、ネロリ、ローズマリー、ティーツリーの香りだ。

サイプレスは爽やかさのある、森林系の香りの一つである。

まるで森の中に行って深呼吸したかのような爽やかさが、私は非常に気に入っている。

 ジュニパーは、お酒好きの人なら名前を聞いたことがあるだろう。

というのも、ジュニパーはジンというスピリッツの香りづけに使われている。

ジュニパーもサイプレス同様、爽やかな森林系の香りである。いや、サイプレスよりは少し濃いめの香りだろうか。

私はブレンドデザイナ―の資格の為に講座を受講した際、しょっちゅうジュニパーにライムやレモンを合わせて調香していた。

完全に再現できるわけではなく、あくまで気分だけだが、ジントニックの香りを再現していたのである。

もちろん、その時はクラスで大笑いが起きたのでそれはそれでよかったと思っている。

 ネロリの香りは、やや高貴な香りである。柑橘類のワタというのだろう、あの白い皮のほろ苦い香りの中に、オレンジを思わせる温かみがある香りである。

中世フランスの貴族では、革手袋が流行したとされているが、皮製品は独特の悪臭があったとされ、様々な香りでマスキングしたと言われている。

ネロリは、ネローリの手袋と呼ばれてすこぶる人気だったそうである。

 ローズマリーの香りは、すっきりとしたハーブの香りである。

物事を集中して取り組みたい時には、私はよくレモンとブレンドするが、たまにペパーミントと合わせてみている。

とても空気がすっきり澄んでいて、夏には最高の香りだと感じている。

冬にペパーミントとローズマリーを合わせると、寒々しくなってしまったのも良き思い出だ。

こうして合わせ方を学んでいくんだと、自分でも実感したのである。

 ティーツリーの香りは、空気清浄に良いとされている。

父の通うクリニックでは、冬になるとインフルエンザ予防に、という名目でティーツリーの精油を焚かれるという。

アロマテラピーに鈍い父さえも、その清々しい香りにいつも癒されると家で話していたほどである。

効果はともかく、私は香りそのものが好きである。


 総じてみて、自分で改めて自覚できることがある。

さっぱりとした、というかシャープな香りの方が特に好みである、と。

だが、ブレンドデザインをしているとそうとばかりは言っていられない。

デザイナーの好みがすべてではないし、第三者に向けて作るのなら、そのターゲットに向けてブレンドを考える必要があるのだ。

その為、様々な香りを作り、さらに好みの香りを発見するようにしている。

 ブレンドデザインの面白い所はなにか。

それを改めて考えてみると、やはり濃密な精油を使うからこそ、一滴で世界が変わる。

最高の比率という物に対しても、実は正解がない。

というのも、必ずしも万人受けする物という物はなく、百人いたとして、九十九人が良い香りと言っても、一人は嫌いな香り、苦手な香りと言うのが常の世界である。

その一人にしては、作った香りは最高のバランスではなく、どこかがずれているのかもしれないし、そもそもチョイスされた香りが嫌いかもしれない。

だからこそ、とても難しいが、パズルのような料理のような、面白い世界だと私は思うのである。

 表現も再現も難しい世界だが、同時に探求心を煽られ、熱中できる世界。

香りの世界の魅力は、感性。

人の持つ感性は千差万別だからこそ、魅力の尽きない世界だと私は感じている。

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とある調香師の日常 金森 怜香 @asutai1119

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