恩寵




かつて旅人だった若者は、今では立派な大人のおとこになっていた。



辺境より都の近くにある新たに造られた村で、二児の父親をしながらこの新しい村のおさを務める妻と暮らしている。



妻は、前に住んでいた村の長である祖母を、母や支持する住人と協力して退しりぞかせて、古い価値観に縛られていた村の方針を変えた。


そして、当時旅人だったこの男性は、孫娘である現在の妻と、村の一部の人々とともに、都に向かって旅立った。


男性は、使者として女王陛下に謁見えっけんする話が無くなったことを、しばらくしんでいたが、身のほどを知れば、むしろ陛下の配慮はいりょがあればこそと思い、いさぎよあきらめた。


そもそもみやこがりの令息れいそくたちと、辺境へんきょう使者ししゃとではかくちがぎたのだ。と、男性はかえる。


しかし、それから女王は二人ふたりの縁をち、男性は孫娘と婚姻こんいんむすんだ。





「男の人って、文化を作るものだと思っていたわ」


近所に住む、年頃としごろの少女が言う。


彼女の話では、村の男は詩を書いて、住居の窓辺で読み上げたり、窓から投げ落としたりするそうだ。村の女の呼びかけに、答えることもあるという。


丘の上から降ってきた手紙を、きそうように追いかける女たちの姿も、この村では、よく見かける光景こうけいだ。



である、この男性が、女たちと協力して牧場ぼくじょう牛乳ミルクを運んでいる時、少女の他にも何人かの女が、ものめずらしそうに男性を見ていた。


本当は、働く男はほかにもいるのだが、今は話すのをやめよう。いつか、時期じきが来る。そう男性は思った。




この村は、妻の母が取引相手からゆずり受けた廃村はいそんを、住人 総出そうでつくなおしたものである。


妻の母は、前の村を治めている。あれから、他の村との交流が盛んになり、子供が生まれて、よく育つようになったという。


この村も、子供の姿はめずらしくはなくなった。



アマゾーン かくからあつまった、こころざしを同じくする移住者の中には、男たちの姿もあった。





アマゾーンは、原点にかえったのだ。





アマゾーンは、戦士ばかりではない。



農民もいれば、牧人ぼくじんもいる。



彼女たちが、みずからをアマゾーンと呼び、女戦士アマゾネスの名をあまり使わないのはそのためである。






母は、病弱な父に代わって領地をまもっていたので、強い女性は知っているつもりだったが、アマゾーンの女たちの強さはけたちがいだった。自分たちで決めたことを、確実にやりげて、村をここまで育てきたのだ。



男性は、自宅の庭から広がる景色を眺めながら、これまでの人生を振り返る。



兄達は生まれてすぐくなり、自分は体が弱かったが何とか生きびて、今ではすっかり丈夫じょうぶになった。

父を看取みとった母は、家を姉にがせると、屋敷で思い出の品に囲まれながら、姉のむすめの成長を楽しみに余生を送っている。



自分はたぶん、この村で一生を終える。



子供たちを、母に会わせることは、おそらく出来できないだろう。



アマゾーンの世界に染まった自分は、戻れないし戻ることを許されないだろう。



それでも妻は、王国出身である自分の価値観を、尊重そんちょうしてくれる。


アマゾーン国では、配偶者の数に決まりが無いにもかかわらず、自分だけの妻でいてくれる。


子供たちは、血を分けた私の子なのだ。



本当に感謝している。


自分を父親にしてくれたことを。




アマゾーンは、強く、気高く、そして、優しかった。


男性は、昔からアマゾーンにいだいていたおもいが、間違っていなかったことを確信した。



子供のころから書物に没頭し、政治や軍事に向かない三男である自分にとって、これは良い人生だった。と、男性は、しみじみ思うのだった。






従者は、男性のいる村へ馬を走らせていた。


女王からあずかった、書簡しょかんを届けるためである。



従者にとって、都へ向かう途中で分かれて以来の再会となる。



王国が、婚姻による覇権はけんあとぎにならない息子をばなす目的で、男たちをアマゾーンの地にける中、みずから志願した男性のことを、従者は忘れられずにいた。



つらい仕事だったけれど、若さまが幸せになっていたら、どんなにむくわれるだろう。


そんな思いを抱えながら、従者はひたすら男性のもとを目指した。





あれから、女王は世の中の動きを見て、繁栄はんえいした村には褒美ほうびらせる、というれを出していた。



周辺の国々から送り込まれた男については、各地の者たちへ、男はよく調べるように通達つうたつを出して注意をうながした。


女王自身は、数多あまたいる使者を直々じきじき吟味ぎんみ検討けんとうしたのち、よくしつけておいたので、問題は無かった。



女王が かりだったのは、あの、“手紙の男”である。



今の繁栄はんえいは、あの村で起こった反乱がきっかけだった。


当時から、そこに神意しんいを感じていた。






…女王は、部屋でまた一人ひとりになると、さっき捨てた手紙を拾いあげた。


そして、玉座に掛けながら、今度こそ最後までじっくり読んだ。



手紙の内容から推測すいそくするに、王国の男とあらば、野心のひとつは持っていただろう。

我々アマゾーンの世界を、あばいて手柄を立て、立身出世を望んでいたに違いない。


ただこの男は、すれたところが無い。


おそらく、自分の家や、王国に忠実 ゆえに、みずから志願したのだろう。


ならば、尚更なおさらそのまま帰す訳にはいかない。


かと言って、私のもとでさせるにも、尾羽おばねの違う鳥を、同じかごで飼うのは酷なこと。



そうだ、手紙のぬしである、村の女に監督かんとくさせよう。


くは、村の助けにもなるだろう。



「…大事にするのだぞ」



女王は、村の女にてた手紙を書きながら、ひとりつぶやいた…







それから、十数年のときが流れた。



事情は、すっかり変わった。




「繁栄した村に、褒美ほうびつかわす」



女王は、各地の村にれを出した。



金貨、肥沃ひよくな土地、王国への通行手形……



それは、手紙の男が住む村をはじめ、各地の村へと送られる。



「…しかし、これではことりぬ」



どうすれば、この村に、神々に選ばれたこの男に報いることが出来るか……



女王は、玉座ぎょくざで考える。



「この村には、他の村とは違う、特別とくべつなものを与えよう…」




女王は、書簡を送るべく、手紙をしたためた。






今では、王国の女たちも、積極的にアマゾーンをむかえ入れる。


アマゾーンたちは王国で働き、時には戦士として戦う。


王国の人々も、徐々じょじょにだが、信頼を寄せるようになった。




アマゾーンたちは、王国各地で村を作り、新しい血を入れる。


自分たちとは、少しちが子供こども沢山たくさん生まれ、豊かな地ですこやかに育つ。




“血の偏り”を克服したアマゾーンは、これからも栄えていく。







今や、アマゾーン国と王国はひとつになった。


女王は、国の名を“女王国アマゾニア”とあらため、首都に手紙の男、男性の住む新たに造られた村を選んだ。

そこで、新しい村で長をしている、男性の てに書簡を送った。


女王は近々ちかじか、拡大した土地の整備を、旧王国の関係者と調整する予定である。




女王は、久しぶりに、長椅子ソファで一息ついた。



「これで神々も、さぞお喜びだろう」



女王は、今でもあの時の手紙を読む。




……私達アマゾーンに起きたことは、意味があると思うのです。

げんに、すべては動き出しているのですから。



手紙の最後は、こう結ばれていた。




この運命のみちびき、変わりゆく世のあり方。

これ自体が神々の恩寵だと、私は思います。










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庇護する女たち 始祖鳥 @shisotyou

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