使者




道理どうりで、都がさわがしいわけだ」



女王は、玉座ぎょくざにもたれて、溜息ためいきをついた。

例にれず、男性を内容だと思ったからである。


ところがふと、何かに気づいて、無造作むぞうさに置いた手紙を拾うと、また読みはじめた。




「…王国から、使者とな!?」




この王国の若者が、使命をびて村をおとずれ私たちを救ったのは、神々からの働きかけにほかなりません。ゆえに、さずかり物として自分たちだけで共有するにはおそれ多く、この、美しくこころざしの高い若者は、女王陛下につかえるのが相応ふさわしいと、私たちは思うのです……



手紙には、そうつづられていた。



要するに、王国から自分たちの村に来て、出立しゅったつのきっかけを作った男性を、使者として都にむかえ入れてほしいということだ。



都へ向かう女たちが、旅先で見つけた男を恩寵とみなして、自分たちのモノにする話はままあるが、これはどうやら違うようだ。むしろ、男性への恩義おんぎこたえようという、強い意思すら感じる。



女王にとしては、男性へ敬意を払う姿勢にも好感が持てた。


ちなみに、アマゾーンの世界では、男性のすこやかさをめるのは最大の賛辞さんじである。





王国とは、昔から書簡を通じて、交流をかさねてきた。



秘密にする理由は、周辺の国々との摩擦まさつけるためである。




他の国々とも、同様に交流していることが知られれば、この関係はこわれてしまうだろう。

あの国々は、いつも出しっているから、うらあやつ管理かんりしてやるほういのだ。



女王は大変たいへん慈悲じひぶかい人物であった。なのでつねに、慈悲深いことを考えている。




かつて、アマゾーンの先祖は、周辺の国々といくさをして、大勢おおぜいの人を冥府めいふに送った。


理由は、男を解放かいほうするためである。




アマゾーン国以外の国々は、男が王位をぐ。


女ではなく男が、代々だいだい国を治める。


そして、女ではなく男が、戦士として武器をってたたかう。


男は、建築や農業畜産などの、おもな労働力になっている。



アマゾーンの世界とは、まったく違う。




先祖たちは、不思議に思った。



なぜ、アマゾーン以外の国は、男をしいたげるのか。


可愛く、愛おしいはずの我が息子を。

神聖でおそれ多い、神々からの贈り物であるはずの男を。


過度かどに働かせ、あろうことか戦いにすらす。


なぜ、他の国々は、男をかくも粗末そまつに扱うのか。




アマゾーン以外の国では、女が男を利用する。


女が不甲斐ふがいないからか、男が多いのをいいことに、女たちの蛮行はとどまるところを知らない。



男たちを、救いたい。



そんな、義憤ぎふんと慈悲の心が、アマゾーンたちを突き動かしたのだ。





それは、赤子の手をひねるようであった。



男を救うための戦いで男に手をかけることは、アマゾーンたちにとって、つらく心苦しいものだった。


しかし、救済の機会きかいを捨てて道をはずれた生き方を選ぶくらいなら、冥界めいかいつかさど永久とこしえの女神のもとで安らぎ、アマゾーンの国に生まれ変わる方がさいわいだと、自らの心を慰めた。



というのも、アマゾーンたちは、無抵抗で従順じゅうじゅんな者は、決して傷つけなかったからだ。


戦いの前から、国のあり方をあらためるよう、国々に書簡を送り通告していた。


提案ていあんめば、攻撃はせず、助けになると。


しかし、周辺の国々はそれを退しりぞけ、くしてアマゾーン国と周辺の国々は開戦とあいったのだ。




男たちの多くは、身をていして家族や愛する女をかばい、最後まで戦った。


アマゾーンたちは、生き残り捕らえられた者たちを集めて、戦いのことを話して聞かせた。そして、このように男とは本来ほんらいけんしんてきで神に近いのだから、国じゅうの女たちは男をうやまい大事にするようにと言って、女たちを従わせ、男と子供とともに解放した。




アマゾーンたちは国々の変貌を見届けると、降参して自らアマゾーンがわに付いた男たちを連れて、辺境に帰って行った。




それから国々を治める男の王は鎮座ちんざするのみで、実務的な事は女の親族や家臣が行うようになった。


以来いらい、アマゾーン国は国々に、書簡を交わし国の近況などを報告する義務を課している。





女王は、先祖の話を思い返しながら、あらためて手紙の文面ぶんめんながめる。





事の全貌ぜんぼうを知るのはアマゾーン国の女王と、一部の者だけである。




実は王国をはじめ周辺の国々も、アマゾーン ほどではないが、男児が生まれにくくなってひさしい。


にもかかわらず、アマゾーン国には国々から男の使者が訪れる。



「国々の女たちは、何をしているのか」



周辺の国々の女たちは、男不足を補うために、男がしていた事もやるようになった。


しかし、今もなお男たちがになう部分は大きい。



「何を考えているのか…」



女王は、玉座の肘掛ひじかけで、頬杖ほおづえを付いて思案しあんする。


先祖たちは、国々を気にかけながらも、アマゾーン国の外に関心を持つことはなかった。


自分たちが生きていくのに、困らなかったからである。


男性たちが枯渇こかつし“血の偏り”が起こるまで、アマゾーンたちは外敵の心配も無く不自由せすに、国の中で完結した生活が出来た。


しかし、他の国々は違う。アマゾーンに対する恐怖心を植え付けられ、制約と義務が課され、限られた情報の中でアマゾーンへの対策を練ることが国の存続には必要になった。


こういう時、周辺の国々は、どうするか。



女王は、目をひらいた。



「…わかっているからな」



女たちは、えて送り込んだのだ。


りすぐりの息子を、女王の伴侶はんりょ相応ふさわしい男性を。



一見いっけん息子の出世の願うようだが、しんの目的は別にある。



使者という名目で女王に近づき、婚姻を結ぶ。そこでアマゾーン国のあるじの座を奪い、アマゾーン国の男王だんおうとなり、国を乗っ取るのだ。



あの女たちなら、やりかねない。


国々の女たちは、男を利用する。



この手紙の若者は、辺境の地をおとずれている。


と言うことは、おそらくは都や他の地域にも、男性たちが送られている可能性は高い。



長年やり取りした書簡と、近年周辺に進出したアマゾーンたちの研究により、国々のやり方などお見通しなのだ。



「…来るがよい」



女王は立ち上がると、もう一度手紙を投げ捨てた。



「男を利用し、我がアマゾーン国の支配を目論もくろむ卑怯者よ!国益を望むならば、自らが使者となって、堂々と私の目の前に来るがよい。女たちよ!」



「陛下…!?」



女王の怒りの声を聞いて、若い男性が女王の部屋にけ込んできた。



「驚かせてすまない、あんずるにはおよばぬ」



女王は男性の顔を見て、軽くほほんだ。





伴侶はんりょは、多いほど良い。





「これから、にぎやかになる。楽しみにつが良い」






女戦士アマゾネスほこり高き戦士にして、すべての男の庇護ひごしゃ。それらをたばねる、アマゾーン国の女王。



彼女にかかれば、どんな男が何人いてもなずけることが出来る。



不安には安心を与え、反抗には何も与えない。高いプライドにはひざまずくことを教え、恐怖や苦痛には慰めと癒しを与え、飢えや寒さや暗闇から守り、誰が地上のあるじか学ばせるのだ。


こうして、男たちは神性に目覚め、聖なる男性として本来の姿を取り戻す。


先祖達も、かつて降参を拒否した、敵の男たちにきょうした儀式である。


もちろん、儀式が不要な男性もいる。

アマゾーン国で、生まれた男性のように。


しかし、時には必要なこともある。

今回のように。



女王は、そんな役目を自分に与えた神々に感謝するとともに、アマゾーンとしての血がたぎるのを感じるのだった。












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