女王




……王国から来た有力者の息子で、幼少のころから体が弱く、母君からとても大切に育てられたと言っておりました。

ずっと本の虫で学問を、特にアマゾーンに関する研究をしていました。

それで自ら使者になったそうです。

何事にも積極的で物事への探究心たんきゅうしんが強く、馬も乗りこなしますし、都の暮らしにもすぐ慣れるなど、体力と適応力の高さもうかがえます。今のアマゾーン国にとって、有望な若者だと言えるでしょう。


もちろん、健康状態に問題はありません。医師からも、太鼓判たいこばんもらいました。






女王は、手紙をたたむと、高価な石で作られたテーブルの上に、ほうるようにいた。


手紙は他にも沢山たくさんあって、テーブルを埋め尽くさんばかりに積み上げられている。



道理どうりで、都がさわがしいわけだ」



アマゾーン国の女王は、毛皮を張った玉座ぎょくざにもたれて、溜息ためいきをついた。




“血のかたより”




アマゾーンたちの間でそう呼ばれる、特有の問題がある。


アマゾーンの世界では、男児の出生率が低く男性が希少ゆえに、多数の女性が少数の男性を共有する形で子孫を残していた。



すると、血の偏り、つまり血縁者が増え、血が濃くなることによる弊害へいがいきた。

生まれる子供は減り、生まれても育つのがむずかしくなった。


そこで、周辺の国々から男性を連れて来ることで、新しい血を入れるというこころみが始まった。


ところが、アマゾーンの男にこだわる者たちが、それに反対したのだ。



アマゾーンの世界では、男は神である。



アマゾーンの建国神話にいて、“血の偏り”により滅びかけた人類を救ったのは、神々から授けられた男性だと解釈されている。


正しくは神々からたまわった恩寵おんちょうなのだか、彼女たちにとっては、神にひとしい神聖な存在である。


そんな特別な存在を差し置いて、余所者よそものを受け入れることは、神々への冒涜ぼうとくとみなす者もいる。



アマゾーンの世界では、男はあがめるものにして、庇護ひごするものとされている。



アマゾーンの国では男が産まれると、必ず専用の住居で育てられる。


男たちが、快適な環境で不自由なく暮らせるよう彼女たちは、限られた労力と財産を、男たちのために惜しみなくそそいでいる。


余所者を、同じ待遇たいぐうあつかう訳にはいかないという実情もあろう。



対する反論は、そもそも人類を救ったのは、神々から授けられた、つまり外の世界から連れてこられた男なのだから、我々が外から男を迎えるのは神々のかなっている。というものである。ては、アマゾーン以外の男も恩寵だ、と主張する者まであらわれた。伝統が失われることを恐れた地域の権力者は、よりきぴしく村をおさめるようになった。


男女が接触する機会は制限され、村の男性への神格化はさらに強められた。家族すら、会うのが困難な地域まであるという。



そんなやり方に、不満を持つ者はに増えていった。



やがて、各地の村で反乱が起こる。




神話のように再生しよう、神聖な祭りで女たちが男たちの所へ向かうように。


今度は私たちが、みずから探し求めよう。


私たちは、自由になるんだ!


私たちは、自由だ!




作者不明のこの歌はくにじゅうに広がり、故郷を離れる決意を固めた者たちを勇気づけた。




かくして新天地を求めて女たちは、都を目指すようになった。






女王のもとに、手紙が大量に届くようになったのも、このころからである。




「新たな男を求めるために、男の世話になるとは、皮肉なものだな」


女王は、手紙をひとつひとつ吟味ぎんみしながら、つぶやいた。



手紙の内容は、国の繁栄にふさわしい男性を紹介するものだった。




アマゾーンの世界における婚姻こんいんとは、男性の交換である。


村同士で交渉が成立すれば、婿むこを迎え入れる。


交流相手に、息子を紹介するのは珍しい事ではなかったが、“血の偏り”でそれも近年 困難こんなんになっていた。


なので、彼女たちが血縁者のいない他の地域にのぞみをたくすことを、女王は理解 出来できなくもなかった。



しかし、このには、別な意味もある。



……神々に愛されし我が弟が、だかい女戦士と結ばれるのは、この上ない幸せでしょう。そして、私たち一族の村にとってほまれであり、いつまでも栄えることを期待しています。


別な手紙を読んだ女王は、顔をしかめた。



「男を大事にするのは、利用するためか?」



しかも弟を……



婚姻とて、アマゾーンの世界なら、繁栄の手段にぎないことは分かっているつもりだが、それでは割り切れぬ情というものがある。


それに、聖なる男をみつぎものにするなど、神々に対する不敬ふけいではないのか?



今や都は、全国の村から来た女たちで、あふれている。



村の男を、都のめぼしい相手と婚姻を結ばせ、何らかの謝礼を受け取る。相手も、血縁のない男が手に入る。そういう形で都の者とえんを作り、女たちはきょかまえる。


女たちの計画は、実に抜け目がないものだった。




おそうやまい、感謝をもって行われる婚姻と、利害だけの取引は違う。


女王は、そう考えていた。






女王が、山のように積まれた利己的な手紙に辟易へきえきしていると、これまでとは違うめずらしい内容のものが目にまった。



村の女たちが紹介するのは大抵たいてい、女自身の身内なのだが、それは違った。


アマゾーン国が秘密ひみつ書簡しょかんを交わし、交流している王国の男性を紹介する手紙だった。










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