第32話 人生は共同作業の連続

 遠い夢を見ていた。ただ何となくそんな気がしていた。

 ぼやける視界の端には泣き崩れる男女。真正面にはケタケタと喜ぶ男。

 ナギヨシの皮膚は、全身が瘡蓋かさぶたに覆われたみたいに黒く乾燥している。

 少しばかり指を動かすと、皮膚はパキッと割れて中から地肌が顔を出した。

 痛い。全身が馬鹿みたいに軋んで痛い。ナギヨシの身体は、まるで鉛みたいに重く、言うことを聞く気がしなかった。

 だが、彼に問題は無い。やるべきこと、成すべきことは既に決めてある。


「終わってねェぞ。カグツチ」


 耳障りな笑い声が止まる。降り積もる雪、それ以外の音が止まる。豆鉄砲をくらう鳩の様に、カグツチの顔は固まっていた。


「ナギさんッ!」

「ナギッ!」

「うおっ!?……っと何泣いてんだよ」


 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ケンスケとニィナの2人はナギヨシに抱きついた。身体が痛みで悲鳴を上げるが、彼らの心労に比べたらそれも可愛いものだった。

 ナギヨシは2人の頭を撫で落ち着かせる。

 

「2人とも、世話ばかりかけちまったな……」

「生きてて、生きててよかった……」

「馬鹿!馬鹿ナギッ!!格好つけて死んだら様無いんだぞ……」

「どうやら俺の女神様は、まだ俺を連れていってくれないみたいでな。戻ってこれた」


 彼の女神、勇魚ミコトはで待つ事を約束してくれた。

 ならば、ナギヨシは彼女のためにも精一杯生き尽くす。

 それが彼がに舞い戻った唯一の理由だった。

 

「な、なんでだっ!?お、お前は、俺の機蝗で食い潰したはずじゃ……!!」

「足んねェよ……俺を喰らい尽くすにゃあ、テメーの身体1つじゃ全く足んねぇ」


 ナギヨシの指輪は凄まじい輝きを放ち始める。指輪を構成するオモイカネの特性が彼の心と呼応し、より強大な力を持つ。

 想いは形となり彼の背にはミコトの幻影が寄り添っていた。


「ケンスケ、ニィナ。岩戸屋店主としての仕事、見届けてくれ」


 2人は顔を合わせ、勿論と言った顔で力強く頷いた。

 ナギヨシは彼らに背を押され、オモイカネで産み出された長剣を構える。


「……」

「あぁ、ミコちゃん……初めての共同作業と洒落こもうぜ」


 ミコトがナギヨシの拳にそっと手を添える。

 最早身体の痛みなど無い。

 彼が感じるのは彼女の温もりだけだった。


「平坂ナギヨシィィィィィ!!」


 我を忘れたカグツチが、全身を凶器に変え襲いかかってくる。怒りと怨嗟に支配された男は、ナギヨシの首ひとつを狙い、逃げ場の無い攻撃を繰り出した。

 ナギヨシとミコトは長剣を上段に構え、力を込めて振り下ろした。


「これがァァァァ俺とミコちゃんのォォォォケーキ入刀じゃァァァァァァ!!」


 眩い光はカグツチを空間ごと切り裂いた。その光は天をも貫き、どんよりと重い雲を吹き飛ばす。

 光は徐々に飛び散り、ナギヨシに寄り添うミコトも天に昇るよう霧散した。

 その口元は笑みを浮かべていた。


「ハァハァハァ……ミコちゃん、俺がそっちに逝ったら2人だけで結婚式でもあげようぜ」


 晴れた雲間から太陽の光が差し込んだ。

 ナギヨシは肩で息をする。

 そしてパキリという音と共に指輪は跡形もなく崩れ去った。

 彼はその光景に、背負い続けていた漠然とした罪悪感が剥がれ落ちる様な感覚を覚えた。

 それでもミコトの死を背負うことに変わりは無い。けれど、その背負い方は明確に変わるだろう。

 ナギヨシの顔は、憑き物が取れた様に晴れ晴れとしていた。


「な、なぜ……俺は負けた……なぜ俺は殺せなかった……」


 首だけとなったカグツチが、ナギヨシの傍らでうわ言の様にそう呟いていた。


「テメーの言う通り、俺は許される事はしてねぇ。天国にも逝けねぇ。だが、今この瞬間だけは……俺とミコちゃんの愛の力が勝った。ただそんだけだ」

「ふざけるなよ……何が愛だ……理論も破綻したまやかし如きが勝つだと?」

「目に見えねぇ力だから、理論も原理も何もかもすっ飛ばせるのさ」


 カグツチの消滅しかけている頭部は、怒りの顔を見せながらクツクツと笑い始めた。


「楽しみだよ。地獄にお前が来ることがな。そうすれば永遠に女と過ごすことは出来ない……。それが俺の最大の復讐だ。アーハッハッハッハッハッ!」


 カグツチは恨み言と共に消滅する。その言葉はナギヨシの心に確実に遺恨を残した。心の中で何処かそんな気がしていたことを、直接叩き込まれたのだ。植え付けられた不安で微かにナギヨシは揺らぎ、口を紡ぐ。辺りにはまた静寂が訪れた。

 されど、その静寂は直ぐに破られた。


「帰りましょうナギさん!」

「ナギ、温かい物が食べたい。鍋、鍋がいい。すき焼き」

「ニィナちゃんそれ妙案!依頼料で高い牛肉買ってもらおう!」


 ナギヨシにおぶさる様に、2人が抱きついた。停止したナギヨシの思考は現実に戻される。

 2人の温かさと重みに、ナギヨシは自分が生きていることを改めて実感した。

 無意識に彼は微笑んでいた。


「お前ら……あんま高いのは勘弁な」

「ダメです!1番いいの買ってもらいます!!」

「それ以外認めない」


 ナギヨシの肩を支える様に、ケンスケとニィナは体を寄せる。今宵の夕食に想いを馳せながら。

 寒空を既に晴れ、温かい陽光が彼らを照らしていた。

 

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