第31話 最終的に求めるのは君の腕の中がいい
闇の中で一際キラキラと光る明かりに手を伸ばす。
すると視界が一瞬にして開け、そこはかとない安心感を与えられた。
「ここは……」
そこは、暖かく心地よい風の吹く場所だった。頭の下には、弾力のある柔らかい馴染みある感触がある。
「あ、ナギくんやっと起きた」
まだぼやける視界を薄目で無理矢理焦点を合わせる。
ナギヨシを覗き込む人物は、彼が一番逢いたい者だった。
「ミ、ミコちゃんッ!?な、なんで、生きて……!?」
「なんでそんな化け物を前にした反応なんだよ」
コツンと額にミコトの優しい一撃が下ろされる。
ナギヨシは一呼吸おいて、状況の判断を始めた。
美しい風景、死んだはずの愛する者、その太ももで膝枕をされる己。
彼の脳が瞬時に叩き出す判断は、様々な媒体で目にする『天国』という空間に酷使していた
「……俺、死んだ?」
「どーだろねぇ。私の傍に入れるってことはそうなのかも。君は私が死んでから無茶ばかりしてるもんねぇ。私は君の素敵な日々を願っているのに」
「俺……ミコちゃんが殺されたことに気付かない様な馬鹿な男だ」
「だったら私は自分の死因も分からないマヌケな女ってとこかな?」
2人は顔を見合わせ自虐気味にクツクツと笑う。復讐心なんてものは最初から無いみたいに。
「復讐っても、ままならないもんだな。この通り返り討ちだよ」
「漫画や映画みたいに上手くはいかないねぇ」
「……怒らないの?」
「私のために命をかけてる人を怒れるわけないでしょ。でも、私が死んだ後の荒れっぷりは頂けないなぁ」
「え?」
「ずっと見てたんだよ。私のこと意識しすぎて『岩戸屋』なんて名前つけて何でも屋をしてるのも、潰れるまでワダツミで飲んでオウカさんに迷惑かけてるのも、若い子侍らしてるのも」
「最後のは語弊しかないんだけど?」
大きく息を吐いてナギヨシはミコトに身体を預ける。
こんなにも心身が安定するのはいつぶりだろうか。早く彼女の元へ辿り着きたく、自暴自棄かつ空回りに酷使した何もかもが修復されていく。
ナギヨシにとってこの場所こそが全てだった。
「ミコちゃん、俺さ。すげー死にたかった。早くミコちゃんに逢いたかった。でもさ、死にたかったんだけどさ、今じゃないみたいだ」
「そうだね。今死んでたらずっと後悔しちゃうもんね」
「……あと何年くらい待てる?」
「ナギくんの歳から考えると……早くてあと50年くらい?」
「俺、浮気しないって約束する」
「君も馬鹿だねぇ。生きてる人を愛してあげなよ」
「俺はミコちゃんが好きなんだよ。死んでようが生きてようが変わらないんだ」
「じゃあ期待しないで待ってる」
ミコトはふわりと花の香りを漂わせて、ナギヨシを抱きしめた。
ナギヨシのずっと求めていた温もりがそこにあった。離れ難い身体と心の繋がりを感じる。何が起ころうと決して忘れられない呪いが再び彼の身に刻まれた。
「俺ァ、死ぬ時はミコちゃんの腕の中で眠りたい。だから約束。ちゃんと迎えにきてくれ」
「相変わらずワガママだなぁ。……いいよ。ナギくんが思い続ける限りは必ず」
ナギヨシの身体が光に包まれ始める。都合の良い夢か幻、はたまた現実か。どちらにせよナギヨシには目覚めの時間が迫っていた。
彼はミコトとの暫しの別れを惜しむように、より深く強く抱きしめる。
「じゃあ、行ってくる。まだやり残したことがあるからな」
「うん。行ってらっしゃい。ナギくん、愛してるよ」
「ハァー……やっぱり最高だァ。ミコちゃんからの『愛してる』。やっぱりそれが、俺が1番元気の出る言葉じゃんよ。俺も愛してるよぉぉぉ!!」
ナギヨシは恥ずかしげもなく大きな声で叫んだ。そして決意を新たに光の粒となり霧散する。
一陣の強い風が吹き、草花が宙に舞った。
「私もズルい女だ。強がったけど、結局今もずっと思ってて欲しいんだもん。あー!50年間長いなぁ!!」
ミコトはぐぐっと大きく伸びをして、言えなかった言葉を大きく吐いた。
本音の吐露は少しばかりナギヨシを待つもどかしさを和らげる。
彼女もまたナギヨシの居ない日々を過ごさねばならないのだ。少しでも楽しく、素敵に彼を待つために。
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