第30話 歯茎はあまり見せない方がいい

 ナギヨシとカグツチの闘いは熾烈の極地にあった。

 片腕を落としたとて、カグツチの肉体を構築する機蝗の驚異は変わりない。

 むしろカグツチは、人の肉体に縛られない変幻自在な動きを見せる。身体は不自然に湾曲し危機を避け、関節を無視した攻撃は最早別の生物の様だった。

 ナギヨシはその技に翻弄されるものの、超人的な反射神経を駆使し、ギリギリの攻防を続けていた。


「随分と化け物じみてきたじゃねーか!その姿のが有難いぜ!テメーを地獄に送る時ィ、罪悪感が無くて済むからなァ!!」

「互いに人を辞めた身だろう?鏡を見てみろ。お前のその顔はまさに地獄の鬼だ」

「どっちが先に地獄に行くかのデッドレースってかァ?悪ィな。俺ァ、ミコちゃんトコ行くから天国行き確定なんだよッ!」

「お前が天国に行けるワケないだろうが!!」


 またもナギヨシの攻撃は避けられる。

 対照的にカグツチの動きは精度を増し始め、ナギヨシは防戦一方に追い込まれる。

 だが、その瞳に宿る復讐の意思は燃えている。呼応する様に、オモイカネは様々な武器に変化し、紙一重で防ぎきっている。


「身体の調子はすこぶる良さそうだなァ。機蝗は痩せ我慢が効くほど優しくないぞ」

「やっと痒くなってきたところだっての!!」

「まだ強がるか。ならこいつは受け切れるかなッ!?」


 カグツチの腕が怪物の口の様に開く。それは機蝗で構築された触手となり、一つ一つが生物の様にウネウネと動く。その容貌は最早腕と形容するには、あまりにもかけ離れた別のナニかだった。


「お前は俺を医者に戻してくれた人々を殺した……ならば、俺がお前の愛する者を殺してもいいだろうがッ!いい加減に死ねぇぇぇぇぇ!!」


 逃げ場を残さない空間を支配した触手の攻撃は、四方八方からナギヨシに襲い掛かる。

 刺突と鞭打の波状攻撃は、ナギヨシに呼吸を与える暇すら与えない。

 体積を無視した無限に等しい機蝗の軍勢は、濁流の如くとどまることを知らない。

 捌けど、捌けど触手は一向に減らず、まるで空気を切っているのでは無いかとナギヨシは錯覚してしまう。

 そして遂に、ナギヨシの身体は触手に飲みこまれてしまった。皮膚を食い破り、無数の機蝗が体内に侵入する。

 痛みの限界点を瞬く間に通り越し、ナギヨシの脳は無を感じる。

 彼の意識は既に無くなっていた。

 敵対反応の消失を確認したのか、機蝗はナギヨシの身体から離れ、カグツチの腕を形成し直した。

 

「終わった……終わったぞ。俺は勝った……俺はあの英雄に勝ったんだ!!仇を、仇を取ったんだァ!!」


 カグツチは、立ちながら意識を失ったナギヨシを前に勝ちを確信した歓喜の声を上げる。

 機蝗に犯されたナギヨシの身体は黒く変色している。その瞳は輝きを完全に失っていた。


「随分と遅かったじゃないか。平坂ナギヨシはたった今死んだよ」


 カグツチは2つの気配に気付き、口角の上がりきった浮ついた声色で話しかける。

 オコイエを倒したケンスケとニィナだった。


「そ、そんな……ナギさん……!?」

「ナギッ……!?」


 2人はナギヨシの姿を目にし、力無くへたり込む。

 その様は、カグツチの高揚感を上げるより強い燃料だった。耐えきれず、カグツチは高笑いを上げる。


「アーッハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 悪魔の如しその笑いは、まさにナギヨシの敗北を飾るファンファーレだ。

 けたたましく心を抉るその声は、ケンスケとニィナを挫かせるには充分過ぎた。


「俺が勝ったんだ!俺が正義なんだァ!!お前が死んだのも!人が死ぬのも!!全部、全部ゥ……平坂ナギヨシ!!お前が負けたせいだァァ!!後悔のままにィ……あの世で詫び続けろォォォォッ!!」

 

 カグツチは勝利を噛み締め、狂った様に笑い転げ、好き勝手に罵倒を浴びせ続ける。

 それすらもナギヨシの耳には、もう届かなかった。

 

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