第29話 硬直無視してカカッっとダッシュ
ここで諦めたらあの世で待つミコトに申し訳が立たない。その意思ひとつでナギヨシは満身創痍の身体でなんとか臨戦態勢をとった。
そして今の彼には心強い味方がいる。突き放したケンスケとニィナの2人だ。彼らは手酷い別れを告げれられたというのに、こうして命をかける戦いの場に馳せ参じている。
相対するは、爛れた男カグツチとロック族頭首オコイエ。異排聖戦の亡霊。そして後継者。2人は復讐と野望のため立ち塞がる。
各々が我欲と因縁を渦巻かせ、戦いの火蓋が切って落とされた。
「カグツチィィィィ!!」
始めに動いたのはナギヨシだった。指輪はその姿を剣に変え、宣言通りカグツチに切っ先で狙いを定める。
それを庇うようにオコイエが前に出る。強靭な肉体を持つ彼は刃を避け、低い姿勢を取りタックルで跳ね除けようと駆け出した。
「テメーはお呼びじゃねーんだよ」
ナギヨシにその行動はお見通しだった。
わざとらしくカグツチの名を叫び、単騎で飛び込む姿を見せる。それは誰の目から見ても怒りに身を任せた蛮勇であり、手負いの獣が魅せる最後の足掻きと認知するだろう。
事実その行動は、1対1を得意とするオコイエにとって格好の餌だった。
故に廻る単純な読み合い。それを制したナギヨシは、跳び箱を飛ぶ要領でオコイエを躱した。
背後をとったナギヨシは、重心が崩れたオコイエを蹴り飛ばした。
感性に乗ってゴロゴロと巨体を転がす彼の行き着いた先は、ケンスケとニィナの前だった。
「ケンスケ、ニィナ!!……任せたぞ!!」
『合点承知っ!』
ナギヨシはそう叫び、カグツチと攻防を繰り広げながら彼らと距離を離した。
彼に呼応する様に2人はオコイエの周囲を囲み、安易な行動を咎めるように警戒する。
思い描いた理想的な戦力の分断に見事成功した岩戸屋3人衆。戦いの手綱はまず彼らに握られた。
「オコイエ。リベンジマッチの時間」
「ナギさんに任されたんだ!ここでお前を倒す!」
オコイエは服に付いた泥をポンポンと払い、小馬鹿にする様にニヤリと笑みを浮かべた。
「2人なら私に勝てるとでも?」
「ロック族のリングはタイマン専用……。2人がかりなら問題ない」
「なら、無理にでも作れば問題ないなッ!」
オコイエは急激に加速し、ケンスケとの距離を詰めた。
身構えていたはずのケンスケは、その速さに目が追いつかなかった。時既に時間遅れ、彼の目の前には気の領域を作り上げたオコイエがいた。
「しまった!?」
「範囲を絞り、ゼロ距離での攻防……まさに私好みだッ!」
完璧なオコイエの初動。早急に力不足なケンスケを倒し、ニィナとの一騎打ちに集中するこの作戦は、非常に合理的かつ最適解であった。
だが一つだけ誤算があった。
「読み通り」
それはニィナの行動だった。
同じロック族として、その戦い方を熟知している彼女は、オコイエが無理矢理タイマン状況を作ろうとすることを予測立てていた。
言わばそれはロック属の常套手段に過ぎない。
オコイエの動きよりも早く、ニィナはケンスケの傍に駆け寄り彼の手を握った。
「ニィナちゃん!?」
「合体……しちゃったね」
「言い方ァ!!」
ニィナとオコイエの練り上げた気が、ロック族の儀式を執り行うリングを作り上げた……はずだった。
「な、何故そのボンクラが私たちの領域にいるんだ!?」
「言ったはず。『合体しちゃったね』って」
タイマンを誇りとする彼らの儀式の致命的なバグ。
それは『手を繋ぐ』というあまりにも単純な行為だった。
領域構築時に第三者と触れ合う事その人物は拒絶されることなく領域に取り込まれる。
手を取り合い戦うことを知らないロック族の盲点をついた秘策はタイマンを打ち破ったのだ。
「ニィナ!貴様はロック族の姫でありながら儀式を侮辱するとは……恥を知れ!!」
「オコイエ。私はロック族の再興に興味は無い。普通に生きたいだけ。お前の理想を私に押し付けないで」
オコイエはワナワナと拳を震わせ青筋を立てる。
異人類の地位を向上させるため必死に生きてきた彼には、王家の血を持ちながらそれを活用しないどころか、逃れようとするニィナの意思があまりにも気に食わなかった。
「理想じゃない悲願だ!!成就することがロック族の真意なんだよ!!貴様は先祖の意義をも無視するのか!?私は、その崇高なる目的を託されたのだ!!駄々をこねるガキの意見なぞ誰も望んでないんだよ!!」
「勝手に決めるなよッ!!」
否定の声を上げたのはケンスケだった。
「僕には異排聖戦も崇高なる目的も分からない。でもね、僕にだって確かに分かるッ!。女の子の人生1つ犠牲にするくらいなら……そんなもの滅んだ方がいいッ!」
「ただの人間が何を言うか!!王の血だぞ!?立場を弁え、運命を背負うことが役割だろうが!!」
「運命?役割?……ンなことより笑顔で生きるのが大事じゃボケェェェ!!」
ケンスケは木刀をオコイエに叩きつけた。
オコイエは叫び声に気圧され、本来なら避けられた一刀を受けてしまう。
「うぐぅ!?」
「今だ!ニィナちゃん!!」
隙を見逃さず、ニィナは硬直無視による連撃を放つ。彼女の狙いは正中線。人である以上変えようのない急所に目掛け、打ち込まれる刹那の5連撃はオコイエの強靭なる体幹を崩した。
「これで終わりだァァァ!」
トドメと言わんばかりに、ケンスケは力任せに袈裟斬りをする。
だがしかし、オコイエはその攻撃を崩れながらも、腕力と肩で受け止める。ガッシリと握られた木刀はビクともしない。
早く離さねば。そう思うほど肉体は緊張し、ケンスケは木刀を手放す事が出来ない。彼の額に一筋の汗が流れた。
「勝ったつもりか?現人類風情がッ……!!」
「は、離せ!!」
「痴れ者がァッ!!」
オコイエはケンスケに怒りの拳をぶつける。腹部にめり込む一撃に、ケンスケは領域の端まで吹き飛んだ。
それを見たニィナの選択はオコイエへの追撃だった。ケンスケのタフネスを信用した結果の行動である。
オコイエは立ち上がりはしたものの、ダメージは確実に負っている。そう判断したニィナは背を向けているオコイエに蹴りを放った。
「……っ!?」
「貴様を祭り上げる価値は無い。そもそも俺が王になれば済む話だった」
殺気を感知したのか、オコイエのギョロりと見開いた目はニィナの姿を捉えていた。
放たれた脚を容易く掴み、彼女の身体を引き寄せる。密着状況を作り、問答無用の打撃を浴びせる。
ニィナは逃れようともがくも、片脚を完全にロックされていて抜け出せない。
一か八か、身体を大きく捻る。
脚が嫌な音を立て、メキメキと歪に曲がる。だが気にしない。
反発という力を得たニィナの肉体は、捨て身の回し蹴りをオコイエの顔面にぶち込んだ。
その勢いでニィナとオコイエの身体がようやく離れる。
「ハァハァハァハァ……!!痛い、すごい痛いけど……やった!!」
上手く逃れはしたものの、ニィナの片脚はあらぬ方向へ曲がり、まさに満身創痍だった。
だが次の瞬間、彼女の目の前には地獄が待っていた。
鈍い音を立て骨を鳴らし、まるで油を差していない歯車の如く錆び付いた動きでオコイエが立ち上がり始めたのだ。
「そんな……」
「私の……邪魔を……するなァァァァァ!!」
オコイエは我を忘れ叫ぶと、全身から赤い稲妻を走らせる。それは腕だけではなく、全身を覆っていた。それを徐々に肉体の内側へ貯める様に、オコイエは身体を丸めていく。
「まずい。自爆する気だッ!!」
ニィナは真っ先に気が付いてしまった。
本来、放出して真価を発揮する気を体内で圧縮すればどうなるか。気の密度は極限まで増し、耐えきれなくなった瞬間、行き場の無いエネルギーは大爆発を引き起こす。それはオコイエが命を糧に生み出す最大の攻撃だった。
さらに3人は気で構築された領域にいる。それは逃げ場の無い密室と同義だった。
つまり、何が言いたいのかというと、彼らに残された時間は残り僅かなのだ。
「させないッ!!」
ニィナの行動は早かった。動かない脚を引きずりながらも、全身のバネを使いオコイエに立ち向かう。
どうすれば爆発を防げるかは分からない。けれど、
「止まれぇぇぇぇぇっ!!」
ニィナは、ほんの一瞬疑問に思う。
何故、私は自分の身を犠牲にして自爆を止めようとしているのか?これは敵対しているオコイエを救おうとしているのではないか?
けれどニィナは、すぐにその思考を振り払った。彼女の身体を突き動かすしたのは人の生き死にでは無い。
是が非でも止めなければならないという意地。
その2つだけを残し、ニィナは最適解を選択する。
「倒れろぉッ!!」
解の名は昏倒。気絶させさえすれば、悪いことは起こらない。その行動は、希望的観測の範疇を抜けることは無い。
だがしかし、それは後悔の無い道を選ぶ彼女の気質が色濃く出た解だった。
「止めてみろ小娘ェェ!!」
殴る。ひたすらに殴る。だが、オコイエの闘気は増すばかりである。
普段感情が言葉に乗らないニィナは、目を大きく開き、喉から血をまき散らし、皮膚をすり減らしながら、殴打を繰り返す。拳はとうの昔に砕け、乗せる力など最早微塵も無い。
それでも殴った。殴り続けた。芋虫の様に地べたを這い、腕を叩きつけた。
「とおぅまぁるぇぇぇぇッ!!」
盛大な自爆まで残り5秒。
限りなく可能性の希薄な勝利条件は、オコイエの昏倒。
残り3秒。止まらない。
残り2秒。圧縮されたエネルギーの密度は更に増す。
残り1秒。遂にニィナの動きが止まる。
最早ここまで残り――――。
「させるかァァァァァァッ!!」
それは、獣と遜色無い叫び声と共に現れた。
それは、身体中の穴という穴から血を吹き出しながら飛びかかった。
それは、武市ケンスケという男の生涯と根性を賭けた最強の一撃だった。
――美しく見事な一太刀がオコイエに叩きつけられた。
「ガハッ……!!」
耐えきれず肺から漏れた息は、オコイエの意識が失せたことを表していた。
同時に気の領域は硝子の様に割れて崩壊し、圧縮された赤い稲妻は宙に霧散した。
その幻想的な光景は、限りなく希薄な勝利条件を掴み取った証だった。
「かっ……勝ったァ!!ニィナちゃん!勝ったよ!!」
「ハァハァ……お、終わった……」
「って、ニィナちゃん!?両腕両足が変な方向向いてんだけどっ!?大丈夫?」
「大丈夫……フフっ、痛みも何も感じない」
「それ大丈夫じゃないやつゥ!!」
ケンスケは慌てふためき、五体投地しているニィナは満足気に笑う。何はともあれ2人は、今生きていることを最大限実感していた。
「私は……生きているのか?」
『!?』
だが、勝利の余韻に浸る間もなく、すぐ横で倒れているオコイエは目を覚ました。
ケンスケは腰が抜け、ニィナは動けない。
空気に緊張が走った。
「安心しろ……私はもう動けん。それよりも、何故殺さなかった。殺せば済む話だっただろう?」
ニィナとケンスケは顔を合わせる。パチクリと目を瞬かせ、
「俺の質問が不思議か?敗者は殺されるべきだろう?」
オコイエは怪訝そうな表情を浮かべ2人の言葉を待った。
ニィナは折れた骨を無理矢理元に戻し、ゾンビの様に立ち上がった。
「私は、別にお前に怨みは無い。それに、私よりお前は余程立派。でも、岩戸屋として依頼を受けたからには、ナギの役に立ちたかった。私も岩戸屋に、ナギに救われたから。自分のためじゃない。人のため。そもそも殺せなんて言われてないから殺す必要が無い」
ニィナは自分の新しい人生のためにオコイエと闘った。それはロック族の戦士では無く、『雛ニィナ』一個人としての意思を貫くために。
「オコイエ……さん。僕らはね、人なんて殺したくないです。人を殺すことは、すごい当たり前だけど、異常なんです」
「今みたいに殺されかけてもか?そんな常識が罷り通るほど、世界は優しくないぞ」
「それでも殺しません。僕は最近やっと異排聖戦を知りました。ありきたりで他人事だけど、とても酷い出来事だと思います。異人類の方々の怨みを推し量ることなんて、僕には到底出来ません。ですが、甘くても正論でも僕はやり返したくない。だから負の連鎖を止めるためにオコイエさんを殺しません」
ケンスケの瞳は、純粋なまでに真っ直ぐオコイエを見つめていた。それは、オコイエ、そして異人類に対する最大限の敬意を表す光を宿していた。
「フフ……詭弁だな。俺の気が変わることは無い。いずれ異人類は現人類を従える立場になる。それまでは、せいぜい偽りの素敵な日々を過ごすと良い」
「僕も意思は曲げません。絶対に阻止します」
「その時は私の四肢も治ってる。だから止める」
「……オコイエさんもちゃんと生きてて下さいね」
2人はオコイエから踵を返し、互いの肩を支えながら店主の戦う元へ進み出した。
1人残されたオコイエは、どんよりと曇った空を仰いだ。
「俺は……俺のために闘ったはずだ」
少なからずケンスケの瞳に魅せられたオコイエは、自分の行いが先人に託された意思なのか、己の野望なのかが分からなくなっていた。
「フフ……フハハハハ……どちらにせよ、戦士としては敗北か」
オコイエは笑い思った。
今は与えられた敗北を受け入れる。
それから考えるのだ。この繋いだ命の在り方。
そして彼の目の前に広がる分厚い雲から灰雪が降り始めた。
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