遠い日の記憶

金木犀

第1話

「今日未明、○○県○○市で、30代とみられる女性の死亡が確認されました。」

ふと思い出した遠い日の記憶。

それは、数年しか経っていないけれど、もう忘れてしまいそうな記憶。

________

______

____

駅前の駐輪場、確かあの時は、小学にも入っていなかっただろうか。

その時、少し背の高い、髪は腰より少し上まで伸びた25歳前後の…女性、だっただろうか。

ギアが重たいであろう自転車を軽々と停め、私の元まで歩いてきた。

「…どした?家出か?少年。」

確かその時は家に親が帰ってこず、不安と悲しみを抱えながら、子供ながらに人が多いと予測し、駅まで走ってきたのだ。

女性は続ける。

「見るところ、まだ5歳とかか…?なら家出はできないな、ママとパパは?」

私は、涙を流しながらも、声を振り絞った。

「お…おうちに…ママも…パパも…いなくて…お姉さんなら…しってる?」

少し微笑んだように見えた顔で、お姉さんは答えた。

「ごめん、私にはわかんねぇ…家の前で一緒に待っててやるよ、ほら。」

私は静かにお姉さんの手を取り、家へと向かう。

道の途中で、お姉さんがふと口を開く。

「…そういや、少年って今何歳?」

私は、少し口淀みながらも答える。

「…5才、です。」

「そーか5歳か!てか敬語使えんの偉いな〜?」

私は少し恥ずかしそうに俯く。

その時、顔は見えていなかったが、お姉さんの方から歯笛に近いような小さな笑い声が聞こえた。

「…ここ、僕のおうち。」

「おー…良い家住んでんじゃん。」

この時お姉さんが言ったことが、本気なのかお世辞なのか、私には分からない。

当時私が住んでいたのは、少し煤を被った古びたアパートだったから。

「さ…私家入っちゃ良くないでしょ?ここで話してママとパパ待とっか。」

そういうと、お姉さんはアパート前の石垣に腰をかける。

土埃を気にしながら、私も腰を落とす。

「…今5歳なんだっけ、幼稚園は楽しい?保育園かな?」

「…うーん」

少し悩んでしまった。当時の私は、友達も少なく、隅っこで眺めているだけだったから。

私が頭を抱えていると、お姉さんは笑みを浮かべ言った。

「ははっ、ごめんな。私で良かったらいつでも話してやるからさ。」

内心とても嬉しかったけど、私は何故か恥ずかしく、静かに頷いた。

________

______

____

雑談を続けていると、ふと遠くからサイレンの音が聞こえた。

何故か分からないが、その瞬間お姉さんの口が少し止まったように見えた。

「…少年、ママとパパまだ帰ってこないね。」

少し頭から抜けてしまっていた私は、お姉さんの一言でハッと思い出した。

その頃、おそらく2時間は経っていただろう。

そう思うと私は、大量の悲壮感に襲われた。

なぜ、なぜ帰ってこないのか、私は捨てられたのか、子供が思いつく不安すべてが溢れ出たのではないかと思うほどだった。

「…少年、大丈夫、私はいつまでも居てあげるから、まだ待てる?」

私は頷く力も残っておらず、ずっとコンクリートを見つめていた。

段々と不安が寝静まっていった時、私の視界が影で覆われた。

「君、何歳?もう10時すぎてるぞ…お姉さん、保護者さんでしょうか?なぜ外に?」

私はその瞬間、おそらく警察であると判断した。

悪いことをしている自覚があった私は、冷や汗が止まらなかった。

そして、お姉さんが口を開ける。

「あ〜…この子がちょっと外の風を浴びたいって言い出して…私がついていってあげれば大丈夫かな〜って…」

警察は少し黙った後に喋りだした。

「…そうですか、ですが危険ですので、あまり遅い時間の外出は控えていただけるようお願いします。」

「分かりました〜、ごめんなさ〜い…ふぅ、危なかったね、少年。」

私はまだ身体が震えている。

「…少年、鍵持ってるかな?」

私は疑問に思い、少し考えた後に答えた。

「あるけど…」

「…家、お邪魔しちゃっていいかな?」

「うん、大丈夫だよ。」

お姉さんとアパートに入ろうと部屋に向かったその時、母と警察の姿が見えた。

「…あ」

母はお姉さんを見るなり、目の敵のように声を荒らげた。

「あんた!うちの子に何したの!?誘拐ですよ!?お兄さん!あの人捕まえてください!」

ダメだ、ダメだ、ダメだ。

お姉さんは優しい。なぜ捕まらなきゃいけない。

脳が破裂しそうになった私は、気づいたらお姉さんの居ない自分の部屋で目を覚ましていた。

________

______

____

「…大丈夫?気分は悪くない?」

「…きもちわるい」

「そうよね、疲れたでしょうし…」

「触らないで…気持ち悪い…」

その瞬間、母はとても目を見開いた。

「…っ!あんた!なんてこと言うの!?お母さんがどんだけ苦労したと…!」

「お姉さんはどこ行ったの!?捕まっちゃったの!?」

「…あんた、親より知らない女の心配するのね…」


「捕まったわよ。あの後すぐに。」

私は絶望した。私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ。

その瞬間、私は家を飛び出した。


その後の記憶は、もう欠けてしまった。

私はお姉さんのことなんか忘れてしまって、大人になってしまった。


「今日未明、○○県○○市で、30代とみられる女性の死亡が確認されました。女性は、頭を酷く打ち遺体で発見され…」

ふと思い出した、遠い日の記憶。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠い日の記憶 金木犀 @kinmokusei_GL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画