第7話

 どこか遠くから衝撃音が聞こえたが、女はそれに気づいていない様子で、まだ封書を眺めている。おれはあたりを見渡すと、おなじように首を動かしている客が数名見受けられた。

 多分、おれの空耳ではなく、何か、どこかで、物が大きく倒れたのだろうかと思った。バックヤードで積み上げられていた段ボールが、一斉に崩れ落ちたのかもしれない。そんなことを予想していると、店の隅にある大きな窓ガラスに、人々が集まっているのに気付いた。

「なぁ、あれ」

 おれが女に向かって声をかけると、女は自分の一大事のように封書を放り投げ、その窓ガラスに駆けていった。おれのほうが先に発見していたのにもかかわらず、追う形になってしまったおれは、女の後ろ髪にほとんどくっつくようにして走った。

 いくつも後頭部が並ぶ窓ガラスの後方からでも十分にそれは見えた。この建物の、ちょうど入口に面している交差点で、都営バスが横転していたのだった。その都営バスを中心に、いくつかの自家用車も散乱していた。それらを囲むようにして、街の人々は吸引されるように集まっている様子だった。しかし、この高さからみると、ミニチュアの世界の事故みたいで、すべてが嘘のように思えた。

「ねぇ、ねぇ、近くまで見にいこう」

 女は繰り返してそういった。おれの返事を待つはずもなく、女は階下へと急いでいった。おれはまた、窓ガラスの向こうの、嘘みたいな光景へと視線を戻した。

 ほんの一瞬、目を離しただけだったのに、人の数は倍程度になっていて、黒い点々がやってきてはぴたりと静止した。それらから伸びる片腕はスマホをしっかりと握っているみたいだった。傘を持たない人々は、次々と濡れていった。

 低層階に辿り着く頃には、救急車の音が聞こえてきた。

「うわぁー、すっごーい」

 女はそういって、自分のスマホを取り出し、窓の向こうの景色を捕えようとしている。起動したカメラが、インカメのままになっていたために、女の綺麗な顔を一瞬映し出した。おれはその行為とのギャップが面白いと思った。

 こいつ、自撮りとか、しまくってんだろうなぁ……。

 率直にそう思った。

 こいつ、自撮り写真を色々な男に送り付けて、「かわいい」って言われるのを求めてるんだろうなぁ。

 そう思った瞬間、目の前の女の後姿を引っぱたきたくなった。突然湧き出た綺麗な気持ちのまま、こいつを攻撃できたら、どれほど楽しいだろうか。

「ねぇ、見て。こんな事故はじめて」

 スマホを差し出した女の顔が曇って見えづらくなった気がした。きちんと濁っていると思っていた女の瞳が、がらんどうだった。

 じゃあ、おれはどんな顔をしている。

 その瞳を、覗き込む。

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勃たたたん 西村たとえ @nishimura_tatoe

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