第6話

 散歩に連れられた犬のようにして、おれは店内へと駆け込んだ。本物の犬のように身をふるわせたかったが、力の入れ方がわからなかった。

 隣で、女は傘を閉じた。傘から飛び出した雨滴がおれのズボンの裾を濡らした。女は案内板をみて、六階の文房具売り場を指さし、「ここ」と疲れた様子でいった。

「今度、お世話になったクライアントに手紙を書くんだけど、どれがいいと思う?」

 くらいあんと。

 封書のコーナーで、女は立ち止まり、おもむろにそう訊いてきた。やたらと装飾の目立つ、それらの封書は、どれも華美すぎるように思えた。余白がほとんどなく、主役は言葉ではなく花柄のように思えた。それをいま、女は必死に見比べている。視線はこちらにはくれない。両手に持っているものを、そのままにして、女は他の封書へと目を配り始めた。どうやら、一応は値札にも気を付けている様子だ。

「こういうときって、どれくらいお金かけたらいいかわからなくてさぁ」

 女の両手には、ほとんど同じような花柄の封書がある。おれからみたら、同じ花だし、同じピンクだ。値段だけがうんと違う。違いはそれだけだ。後ろに、中国人のカップルがぬっとあらわれて、消えた。なんとなく、また後ろに気配を感じた。コーナーを一周してきたカップルが、また背後にいる。どうも、この棚は人気らしい。さっさと決めてしまおう。

「そりゃ、どれくらい相手を想うか、で決めればいいんすよ」

 しぼみ切った股間は、伸び切った毛を内側に挟み込み、おれにひたすら激痛を味わせてくれる。薄皮一枚に包まれた性癖を、親指で乱暴に削った。衣服のうえからそれを直すには至らず、再び皮を内側に巻き込み、おれは悶絶を繰り返す。

「ねぇ、きみってさぁ、ときどき好いこと言うよね」

 ズボンの内側のポケットからこの巻き込みを直せば、ばれることはない。ちょうど、右側のポケットにはスマホが入っている。それを取り出しざまに、素早く股間をいじればいい。一瞬の勝負だ。女の視線が、こちらにくれないうちに、カタをつけなければならない。

「言葉の選び方とか、たまーにだけど、センス感じる」

 どうしてだろう、足の小指大だったそれはむくりと起き上がり、それと同時にまた激痛が走っていった。頭頂部から足の先まで電気が走り、いま、意識のすべては巻き込み事故へと集中している。毛根が悲鳴をあげているのにもかかわらず、それを知らずにこいつは滑走路をゆっくりと走り始めた。

「そういうところが、実はずっと好きだったのかなぁ」

 この女もおれと同じように巻き込み事故を起こし、巻き込みながら表情一つ変えずに、こうして人と言葉を交わすことがあるのだろうかと想像しながら、愚かにもおれはこのまま射精してしまおうかと考えていた。しかし、そうしてしまうと同時に、消えかけていた甘く懐かしい想いが復活してしまいそうで途端に恐ろしくなった。

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