スキル『固定』のおかげで魔神が俺の中に固定されてしまったので、仕方なく魔神の封印を解くことにしました。

ゆとり

プロローグ

「コウくん、いつもありがとうね。はい、これ」


「いえいえ、また困ったらいつでも呼んでください。それじゃあ」


 依頼者からの報酬である通貨を受け取る。

 今俺はこの家の折れた棚の足と折れた物干し竿をスキル『固定』を使い修復した。正確には折れた足や竿をくっつけたのではなく、折れた部分を合わせてその状態で固定したので修復ではないかもしれないが、固定したものは問題なく使えるし、固定した部分が再度壊れることはない。なので便宜上俺は修復と言っている。それが俺の仕事であり、生まれ持ったスキルである。


 この世界にはスキルと呼ばれる一部の人間が持つ能力が存在する。スキルは後天的に手に入れる事はできず、この世に生を受けた際に持っているか持っていないかが決まる。

 さらにスキルにはレア度が存在し、ありふれたレア度と呼ばれるノーマルから言い伝えでしか聞かないようなレジェンドレアまである。そのレア度に関してはあくまでも同じスキルを持っている人が多いか少ないかでしか決まっていないようだが、レア度が高ければおのずと効果範囲が広く、強力になったりする。稀に俺のスキルのように俺しか持っている人を知らないような珍しいスキルでも効果範囲が狭く、さらには使える場面が限定的なものがノーマルに分類されることもあるようだが…。


 そして、スキルを持った人間がスキルを使用して商売をしようと問題ない。中には戦闘に特化したスキルもあり、戦闘スキルを持った人のほとんどは冒険者ギルドに所属し冒険者となる。もちろんギルドに所属せず、個人で依頼を受けて魔獣やモンスターを討伐したりダンジョンを攻略する人たちもいる。

 冒険者ギルドの他にも商人ギルドも存在し、ギルドから顧客の紹介や仕事の斡旋をしてもらえるが、商人ギルドに所属するといくらか手数料が引かれてしまうのでそこも人それぞれだ。ちなみに俺は商人ギルドには所属していない。手数料引かれたくない。


 俺は依頼者の方に見送られながら扉から出て自身の職場兼自宅に足を進める。不意に風が吹き、潮の匂いが鼻孔をつく。


 俺の住む町エーファースは、海沿いに位置しており、常に気持ちの良い海風が頬を撫でる。気候も比較的安定しているからか、海の側だというのに津波などの水害も少ない。

 そして水産業が盛んであり、美味しい魚や貝を食べられるということで観光地としても有名なので、そういった観光客を狙った商業人や明るく素敵な海沿いの町という事で他の町や村からの移住者も多い。そのため町の中は常に人が行き交い、毎日がお祭りのように見える。


 そんな町で俺は産まれてはや19年、今や家を出て一人で生計を立てながら生活している。


 石畳の道を人を避けながら歩き、やっとの思いで自宅の前に着く-


「あのすみません!」


 と同時に背後から声をかけられる。声色から相手が女性であることがわかる。


「はい、ご依頼でしょうか?」


 とくに驚きもせず、真顔から笑顔に切り替え、振り返りながら返答する。なぜそんな事が出来るかというとこれがよくある事だからである。

 海沿いの町だからなのだろう。潮風に家具や仕事道具、果ては建物の壁や屋根が劣化することはよくあるのだ。

 だからこそ俺の『固定』というレア度にしてノーマル、一見役にも経たないようなスキルでも仕事で使うことができ、生活していけるわけだが。


 俺の問い掛けに対し、目の前に立つ女性はコクリと頷く。

 しかし、もう夕日も沈みかけており、一応仕事をする時間を決めている俺は依頼だけ受けて対応は明日にしてもらえるか確認することにした。


「申し訳ございません。内容次第にはなりますが、依頼を受ける事は可能です。しかし対応は明日でも構いませんでしょうか?一応、営業時間というか、働く時間を決めているものでして」


 俺の言葉に、女性はえっ!?と驚いた表情を浮かべ、すぐに目を伏せて謝ってきた。


「そうですよね、すみません…。」


「あの…、急ぎのご依頼でしたでしょうか?もしそうでしたら話を聞くくらいなら可能ですが…?」


 謝りながらもどこか諦めきれないという雰囲気を出すその女性にそう切り出す。話を聞いたうえで早めに対応が必要と判断したならば今日中に終わらせようと切り替えたのだ。


「実は…」


 そう言って女性は話しはじめた。

 彼女は冒険者ギルドの受付をしている人で、なんでも町外れにあるギルドの管理している洞窟の入口が風化し今にも崩れそうだという。その洞窟には約500年前に起こった人間対魔族の戦争の際、圧倒的強さを持ち、討伐できなかった魔神ユゥリィ・ギブロブの力の一部が封印されていると言い伝えられている。

 そんな洞窟すぐにでも封鎖してしまえと個人的には思うのだが、レベルの低い魔獣やモンスターが住み着いているため、この町の駆け出し冒険者にとって経験を積む絶好のダンジョンと化している。暗黙の了解として最奥は立ち入り禁止にはなっているが。


「わかりました。もしかしたら今も冒険者が潜り込んでいる可能性もありますし、今日中に対応します。一応危険があるかもしれないのであなたはギルドに戻っていてください。終わり次第報告に行きますから」


 念のため冒険者の方を護衛につけようかと提案してくれた彼女の言葉を笑顔で遮り、俺はその町外れの洞窟に急ぐ。

 もう日が沈み、外灯と酒場から漏れる明かりが石の絨毯を照らしていたので、今からギルドに行き、護衛を受けてくれる冒険者を探す時間が惜しいと思ったのだ。さっさと終わらせて帰りたいのだ。まぁ一人でも大丈夫というカッコつけもあるんだけどね。ギルドのお姉さん美人だったし。


 洞窟の入口に着き、すぐに入口に手を触れてスキルを使用する。そして、無事に洞窟の入口が固定された。そしてその時ある問題が起きた。


 ドクンッ!!!!


 体に衝撃を受けて倒れ込んだ。

 衝撃を受けたと言っても体に痛みはなく、見える範囲では外傷も確認できない。なので魔獣やモンスターの物理的な攻撃じゃない事がわかる。

 しかし、徐々に意識が薄れていくのを感じるあたり、精神攻撃か状態異常攻撃だと考える。俺のスキルは固定であり、状態異常などを治療することは不可能だ。


 なんだこれ!?まずい。こんな事なら護衛をつけてもらうべきだった…。失敗したなぁ…。カッコつけるんじゃなかった。


 そんな事を考えながら、偶然にも治療系のスキルを持った人が通りかかるというありえない希望半分と諦め半分で目を閉じようとしたときだった。


(なんで!?なんで即座に乗っ取れないの!私の力ってこんなに弱体化してるっていうの!?)


 どこからか声が聞こえる。幻聴かと思ったが、その後もなんで!なぜ!?どうして!!!と叫んでいる。

 そしてその声は


(ねぇ!!あんた!なんであんたの体は乗っ取れないわけ!?ちょっと!聞いてる!!!?)


 その声は俺に問い掛けてきた。それが女性のものだったからなのか、それとも衝撃が少し和らいだからなのか、意識は薄れているのになぜか思考は冷静になっていた。


(知らないよ。ていうか君は誰?体を乗っとるってなに?)


(知らないってなによ!!あんたの体でしょ!!)


 質問の答えに返答はなかったが、思った通り意思の疎通は出来るようだ。


(まぁいいわ。聞こえてるなら話が早いわ。さっさとこの体からでていってくれるかしら?この体は私、ユゥリィ・ギブロブが貰い受けてあげる事にしたんだから!)


 ユゥリィ・ギブロブ?それってこの洞窟に力が封印されていると言われている、魔神のユゥリィ・ギブロブか?


 声の主がユゥリィ・ギブロブ本人かどうかはさておき、ユゥリィを名乗る者が俺の体を乗っとろうとなにかをしているらしい。

 さて、会話が出来るのであればそこから今の状態を解決出来る糸口が見つかるかもしれない。


(わかったわかった。あの有名なユゥリィ・ギブロブ様に体を乗っ取ってもらえるなら光栄だ。俺はなにをしたらいい?)


 なるべく刺激しないように優しく問い掛けると、私があんたの魂を追い出すから抵抗しないでね!とユゥリィ。別に抵抗した覚えはないんだけどな。


 でも今のでどうすればいいかわかった。ようは俺の魂が俺の体から追い出されないようにすればいいのだ。魂なんてものがあるかどうかなんてわからないし、ユゥリィが本当に俺の魂を追いだそうとしているのかもわからない。それに魂の固定なんてもちろんやったことはないが、恐らく出来ると思う。まぁできなけばその時はその時だ。


 よしっ!と意気込み薄れた意識の中でスキルを使用する。


 ドッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 と同時に先程よりも大きな衝撃が走る。俺のスキル発動と同じタイミングでユゥリィが俺の魂を追いだそうとしてきたのだ。


 嘘だろ…。こいつ本気でぶつけてきやがった。


 そして俺の意識はそこで途絶えたのだった。

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スキル『固定』のおかげで魔神が俺の中に固定されてしまったので、仕方なく魔神の封印を解くことにしました。 ゆとり @moon1239

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