追放された最弱の魔王、奴隷の少女を拾う

餅わらび

第1話 奴隷の少女カルカ

1人の男が薄暗い街道を歩く。

曇りの空模様のせいで視覚的に暗いというのもあるが、それ以上にこの街の雰囲気は陰鬱な暗さを纏っている。

戦争の被害、政治の腐敗、治安の悪化。

そんな悲惨な現実が、この街に暮らす人々から未来への明るい希望というものを悉く奪い去っていた。


男が歩く道もこの街で1番大きな道であるが、

それでも石畳はヒビ割れ、所々に苔が生えている。更に、道の端には職や家族を失って絶望した人々が点々と寝転がっている始末だ。


そんな鬱々とした空気に当てられたのか、男は深いため息を吐きながら焦茶色の外套を深く被り直し、歩いていた道の途中を曲がって細い脇道に入る。


ここは娼館が立ち並ぶ通りだが、最早客引きの娼婦すら外に立ってはいない。


「前はこの時間でも人がいたんだがなぁ…」


まだ夕方に差し掛かるには少し早いような時間帯ではあるが、それでも昔は娼婦がうろついていたものだ。

その姿を一つも見ることが無いというのは、この街の現実を理解している彼をしても落ち込ませるに足るものだった。


「はぁ…」


この道の先には男の家がある。

家——といっても空き家を勝手に利用しているだけだが、それを咎める人間などこの街には残っていない。


そこを目指して真っ直ぐな道を行く道中、男は右手の路地裏に人影を見た。


「おらぁ!!」

「かはっ……!」


男は足を止め、その路地裏に目を向ける。

そこには1人の少女を投げ飛ばし、その腹を蹴り付ける大男の姿があった。


(あぁ、またか…)


雑巾を縫い合わせたようなボロボロの服装からして、彼女が奴隷であることは一目瞭然だ。口減しのために奴隷を追い出すなり殺すならするのはよくある事だ。一々気に留めるようなことではない。


男は路地裏から視線を戻し、自分の家に帰るべく再び歩き出した。


「………」


だが、男には何か引っかかる所があった。

弱肉強食こそ世界の真理。それはよく知っているはずだ。

だというのに——


「——くっ!!」


気づけば、男は先ほどの路地裏を目指して来た道を足早に戻っていた。

自分でもどうしてかは分からないが、なぜかあれを見過ごさずにはいられなかった。


「……ん、何だテメェ?」

「うぅ…」


路地裏の入り口に立つ男の存在に気づいた大男は、奴隷を殴る手を止めて振り返った。

傍には地面にうずくまる少女の姿がある。


対して、男はフードの下で小さく呟いた。


「やめるんだ。彼女を解放しろ」

「あぁ? テメェ、いきなり出てきて何様のつもりだぁ?」


大男は奴隷の元から離れ、男の目の前に向かう。

鼻と鼻が触れ合うような距離まで近づき、その巨大な体躯で男を威圧しながら大男は怒声を放った。


「おいテメェ! 無視するってのかよ!?さっさとうせやがれ!!」


大男は右腕を大きく振り上げ——


「—かはっ!?」


直後、その場に膝から崩れ落ちた。

その腹を貫く黒い剣の先から、赤い血がポタポタと地面に垂れる。


「……」


一瞬で大男を刺し殺した男は、その剣を大男の体から引き抜き、壁に向かって一振りして刃に付着した血を払い飛ばした。

そうして綺麗になった剣を外套下の鞘に納め、男は大男の死体を路地裏の壁際に蹴り飛ばす。


「ひっ……」


自分の方へ近寄ってくる男を前に、奴隷の少女は地べたを這いつくばりながら小さな悲鳴を漏らした。

肋骨が折れている為にまともに言葉を発することすらままならない彼女は、何とかしてこの場から逃げようと両腕をもがいて男から距離を取ろうとする。


その様子を見て、男は肩を落とした。


(はあ…。別に殺そうとしてるわけじゃないんだけどなぁ)


自分が怖がられていることを察しつつ、男は逃げる少女の背中を追う。

男はそのまま少女の横を通り過ぎ、逃げ道を塞ぐように少女の前にしゃがみ込んだ。

そして地に伏す彼女の顔を覗き込む。


「……な、に? ……わた、しも…、ころ、すの……?」


自らの顔を凝視してくる男のことを少女は訝しむ。

そんな彼女の瞳を見つめながら男は尋ねた。


「…お前、生きたいか?」

「—!」


そう聞かれた彼女は一瞬その目を泳がせた。

そして直後、力強い視線でもってフードの下に隠れる男の赤い瞳を睨み返す。


「…いき、たい……で、す…!!」

「…そうか」


男は少女の目を見て、彼女を救うことを決意した。


彼女は、自分と同じ目をしている。

世界に絶望しつつも、それでも生きるために必死になって足掻く者の目を。


男は立ち上がり、少女に向けて両手をかざす。


上位治癒ハイ ヒーリング


男が魔法を唱えると少女の身体に薄緑の光が宿り、やがて少女は自らの力で立ち上がった。


「え…、うそ……」

「どうだ、痛いところはないか?」

「はい、特には…。あ、ありがとうございます!!」

「気にするな」


全快した事実に驚愕する少女に、男は着いてくるようジェスチャーする。

そして男は路地裏から出て、再び自らの家路に着く。少女は彼の後ろに続いた。


そして2人は歩きながら話す。


「この恩、どのようにして返したら良いか…」

「構わないさ。お前にはどこか俺と似たところを感じてな、だから助けたまでだ」

「そ、そうですか…」

「ああ。…そうだ、名前は?」

「カルカです」

「そうか。俺は…そうだな、ギルとでも呼んでくれ」

「分かりました、ギルさん。それで、これはどこに向かっているのでしょうか?」

「俺の家だ。どうせ身寄りもないのだろう?しばらくは俺が面倒を見てやろう」

「そ、そんなっ!! そこまでしてもらっ——」

「構わないと言っているだろう?良いから大人しく着いてくるんだ。分かったな、カルカ」

「は、はい…」


そうして2人は微妙な空気感の中、薄暗い道を歩いて行く。

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