勇者

ボウガ

第1話

 不治の病がはやる世界。薬師となった“転生者”の少女は、自分こそが将来勇者の補佐になるのだと思っていた。


 予言された勇者は、すぐには現れなかった。幾度とない冒険と、勇者見習いの育成をへて、ようやく勇者パーティを作った彼女は、まさにこの世界の勇者にふさわしい人物を見つけた。


「あなたこそ、勇者にふさわしい」

 その男は、貧しい村で煙たがれていたが、不治の病に一切かからない抗体を持っていた。みすぼらしい、ニヒルな青年だったが、すぐに少女は彼を元気づけ、村にありったけのお金を払って青年を引き取った。人身売買には奴隷の売り買いににた罪悪感を抱いたが、背に腹は代えられなかった。少女は青年に語り掛ける。


「今、世界は不治の病によって未曾有の危機にあります、力ある人間も病に侵され、近々復活すると予想される魔王に対する備えもできていません、あなたは見るからに力を持ち、魔力も強い、この世界のために訓練をしてください」


 しかし、青年は何もなかった。孤児であり、親からの愛情も人々からの愛情も満足には受けられず、何とか持ち前の強さで見様見真似で狩猟をして生きてきたのだ。

「わかりました」

 愛をしらない彼に、少女はほほ笑み、彼が望むものをすべてあげた。安らぎ、遊び、そして彼女自身でさえも。


 だが、時は迫っていた。かつて100年前に滅びた破壊者、魔王の復活である。少女は、多くのパーティメンバーをうしない、残り5人になったとき、ようやく彼らに自分の素性を告げた。その頃皆が弱りきっており、魔王という架空の存在に対する士気はなく、それよりもむしろ、目の前の病への恐怖がまさった。彼女は、エルフだった。100年前の戦闘で父を失った。物心ついたばかりの事で、ショックをうけ、成長するにつれ、それは怒りに変わりに復讐心が芽生えたのだった。


 彼らは旅と修行を続け、やがて魔王城へとたどり着いた。魔物たちの集う深い森の中にあり、数々の試練をのりこえなくてはならなかったため、もうメンバーは勇者と少女含めたったの3人になっていた。


「ようやく、ここまできた……」

「正体を現しなさい!!予言の通り、あなたこそが魔王を復活させる闇の魔術師でしょう!」


 少女はめを向けた。祭壇の上に立つローブをかぶった人間に。彼は振り返る、緑色の顔をした、カエルによくにた亜人だった。

「ふむ……」

 あっけらかんとした様子で、その魔術師らしきものは、階段の上、高くにある祭壇の上から降りてくる。勇者たちは体を震わせた。その様子を機にも留めず、魔術師は少女の側にやってくると、少女に杖を向けていった。

「お前たちは、お互いを殺せるか?」

 そう、青年と少女とを交互にみるのだった。なんのことかわからない少女。しかし青年はふと、何かに導かれるように階段を上り、祭壇の上へ。祭壇の頂上で、棺のようなものを見下ろしながら、はっと口を押えた。

「あなた……」

 一方少女は、その魔術師に覚えがあるように口をふるわせた、そしてふっと気づいた。

「あなたは、予言者様!!」

 彼女の師匠でもあった予言者、その人が魔術師だった。

「いったいどうしてあなたが」

「ふん、私は人間に嫌気がさしていたのだ、弱いのにぴーぴー要求だけうるさく、何もかも支配したがる、だが少し気が変わった、それが、先代魔王の要求でもある、あの青年を説得さえできれば、あの青年の中にいる抗体をお前たちにやろう、私の魔術にはそれだけの力がある」


 その瞬間、少女は祭壇の上の青年を見て、言葉をうしなった。

「ありえない……」

 足早に駆け上がる、そしてそのまま、剣を振り上げた。

「お姉ちゃん!!」

 階下で声が響いた、勇者パーティの生き残りの声が。そしてその少女は、いつもつけていた兜を外した。青年がつぶやく。

「そうか、彼女は……」

 少女と瓜二つの少女の顔、それが彼女の正体。

「そう、彼女は私の妹なの」

 そういいながら、彼女は剣を斜めに振り上げた。

〈カキィン!!!〉

 青年はそれを鎧でうけとめる。そして、ため息をついた。

「亜人とはいえど、やはり人間か」

 しかし、はっとする。少女は涙を流しており、青年がしたはずの攻撃が彼女につたわっていない。

「命拾いしたな、私の力は、魔力をはじき返し、魔法を生成するものだ、なぜ魔力を使わなかった」

「私の父は、あなたに殺された、けれど、私の妹はまだ生きてる、そして、病に侵されているのよ」

 青年は階下の少女をみた。少女の額は黒い痣がある。そして階下の少女もまた青年を見上げた。青年にはツノが生え、牙と羽が生えていた。それは伝説による魔王の姿そのものだった。


「いいだろう、お前たちの命を助けよう、だが、今後の世界については、お前たちの働き次第だ」


「——っていうのが、私たちの成り染めなのよー」

 古い食堂で、オーナーの女性、エルフ耳を持つ美しい女性が客にこたえている。その隣には、年老いて、ツノと牙のない、普通の男性がいた。尻に敷かれるように歩き回り、オーダーをとっている。

「かっはは、ありえない、彼が魔王だなんて」

「ま、それもそうね」

 と、オーナーは快活に笑った。


 翌日には式典があった。英雄として慕われるその店のオーナーの夫は、誇りをもって翼をひろげた。彼は不治の病の治療薬をつくり、人々に“英雄”とたたえられた。


 寝室で、ベッドの上にすわって夫婦は笑う。

「もし、人々が再び魔王を求めたときは、私を倒してくれてかまわない、かつての私は飢えていた、人々が続ける戦争と殺し合いに飽きれ、自分だけが転生し生き返るすべを手にしようとして、いつの間にか恐ろしい力に手を染めた、だがお前に出会ってかわったのだ、私はもう、死は怖くない」

 妻もまたわらった。

「ええ、そうね、私もそうよ、あなたを英雄として称え、この世界を欺いた、あなたが不死のための実験をするたびに病と飢餓が蔓延ったけれど、けれどあなたは、それを知らなかった、あなたは愛をしらなかった、あなたが裁かれるとき、私も裁かれるわ」



 妹は、彼らの近くで済み、彼らの事を見守っていた。なぜ、姉が魔王を殺さなかったのか、それは妹が姉に諭したからだ。

「あなたの側で誰かが、魔法をかけた、きっと魔王だと思う」

「じゃあ、倒さなきゃ」

「お姉ちゃん、それが私だとしても倒せる?私は気づいたのよ、病に苛まれて記憶をみた、この病が魔王の恐れだと気づいた、そして感じた、魔王は突然勇者に殺されることを恐れ、仕方なく相手を殺したのだと、彼はきっと亜人だわ、人間に殺されそうになって、能力が目覚め、恐怖から逃れるために魔王になったのよ」























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者 ボウガ @yumieimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る