第23話 これから

 その後、南條にタクシーで自宅まで送ってもらった祐希だったが、明日もというか、もう本日だが、仕事の南條にはそのまま乗ってきたタクシーで帰ってもらった。

 部屋まで送ると言い張る南條に、運転手さんにも迷惑だからと静かに説き伏せ、初めて頑固な自分を見せたかもしれない。

 自宅の鍵を中から掛けると、ほっとして玄関にしゃがみ込む。

(申し訳ないけど、明日は有給だな)

 課長にはスマホから、熱が高いので明朝下がらなければ出社できないかもとメッセージを残しておく。これで出勤時間までに連絡を入れればいい。

 このまま玄関にいるわけにはいかない。

 浴室に向かうと浴槽に湯を張りながら、着ていた衣類を全て脱いでシャワーの湯を頭から浴びる。

 水流を強くして雫が顔に当たり痛いくらいだ。滝に打たれるかのようにしばらくじっと水飛沫を無心で浴びてから、ソープを付けたタオルで何回も擦って洗い流した。触られたり舐められたりした部分は特に念入りに洗い流す。

 お湯に浸かると、次第に強張っていた身体が解れていくのが感じられる。

(明日は筋肉痛かな……)

 いつの間にかウトウトしていたのか、浴槽の縁に乗せた両腕に凭れていた頭に、玄関チャイムの音が聞こえた。

 こんな時間に何だ、と思った途端、こんな時間に来るのは南條くらいだと気づき、お湯から慌てて立ち上がる。

 バスタオルで簡単に水滴を拭うと、腰に巻きつけ半裸で玄関に急いだ。

 今日は痛い目に合っているので、慎重に覗き穴で確認してから、鍵を開けた。

「南條さん、仕事あるから帰ってもらったのに、また来ちゃったんですか?」

「祐希さんがスマホに応答してくれないから、心配で来ちゃいました。泊めてもらいますね」

 南條は玄関に入ると、鍵をしっかりと締めてから、半裸姿の俺を抱き寄せる。

 外の空気を纏った南條の衣服は冷たいが、のぼせ気味の肌には心地いい。

「はぁ。いい匂い。無事で何よりでしたけど、入浴中だったんですね。すいませんでした。」

「俺は明日、有給取ることにしたから良いけど、南條さん仕事ですよね。お風呂沸いているので、入ってきてください。お腹空いてませんか?簡単に何か用意しましょうか」

「食べ物はいいです。祐希さんも冷えちゃいましたね。一緒に温まりましょう」

 南條は祐希の腕を引っ張り、浴室に向かう。

 手早く自分の衣服を脱ぐと、祐希のバスタオルも素早く剥ぎ取り、気づいたら浴槽に入れられていた。

 温かいお湯に浸かりながら、南條が洗うのを下から眺める。引き締まった筋肉に覆われた胸や尻、いかにもじゃない割れ目がある腹筋も立派だが、平常時すら逞しい陰茎が見てとれて、さりげなく目を逸らす。

「ちょっと前に詰めて」

 洗い終わった南條が祐希の後ろに入ってくると、お湯がざぶんと大量に流れていった。

 1人暮らしの浴槽はさして広くない。南條の足の間にギリギリすっぽりと収まり、胸に背を預けた恰好で身動きも取れなくなった。

「はぁ、気持ちいいね」

 南條は気にならないらしい。

 返事をしてから、改めて南條に今日のお礼を伝える。

「今日は本当にありがとうございました」

「どうしたの。さっきも言われたよ。元はと言えば俺が原因なんだから、怖い思いさせてごめんね」

「ううん。お礼言い足りないの何でかなって考えてたんだけど。駆けつけてくれた以外にも、色々ありがとう。諒とやり取りしてたことも、俺に心配させないようにしてくれたことも」

「諒さんから聞いた話は、あの時すぐに祐希さんにも知らせれば良かったと、今は思うよ。ごめんね、怖い思いさせて」

 いつも明解な南條には珍しく言い淀んでいる。

「俺に心配かけない以外にも、もしかして理由あった?」

「……森下の、気持ちには何となく気づいていたんだ、以前から。気づかない振りをして、先輩後輩としてだけ付き合っていた。何にもなかったんだよ、本当に。でもそれを祐希さんに勘ぐられるのが嫌だったっていう、俺のエゴでこんな目に合わせちゃって」

「そっか。そうだよね、あからさまだったもんね森下さん」

「え。祐希さんも気づいてたの?」

 南條は本当に驚いているようだ。声がいつもより高くなっている。

「うん。森下さんは、ある意味とても正直な人なんだろうね。好きな人に真っ直ぐというか、直情型というか」

「明日、もう2度とあんなことはしないようにって、もう1度念を押しておくから」

「あんまり強く言ったら可哀相だよ。それにあの執念の人には、あまり近づいて欲しくないな……。俺が言うことじゃないけど、できれば今後も距離を取ってほしい」

「もしかして。俺の可愛い恋人は妬いてくれているのかな?」

 南條は笑いを含んだ声でそう言うと、横から顔を覗き込んでくる。南條の目を躱したくて、祐希はお風呂から出ようと立ち上がる。

「のぼせそうだからもう出るね。南條さんはゆっくり温まってきて」

「あはは。照れてる祐希さんも可愛いなぁ。ベッドで待っててね」

 一足先に上がった祐希は、洗面所の鏡に映っている自分の顔が目に入る。のぼせただけじゃなく、赤くなった祐希の顔は自分では気づかず笑顔

だった。

 今日みたいな大変な出来事の後も、南條と一緒なら笑っていられることに、祐希は鏡を見て気づかされた。

 俺、自分で思っているよりももっと南條さんを好きなんだ。

 南條と一緒なら、これからの何の変哲もない日常だって、尚更楽しく笑えるだろう。

 南條と過ごす未来を想像するだけでワクワクしてくる。

 いつも気持ちをぶつけてくれる南條も同じだと嬉しいが、まずは自分の気持ちを南條に伝えていこう。

 南條の分のタオルを準備し声をかける。

「佟慈郎さん、タオルだけここに置いておくよ。着替えはいいよね。ベッドで待ってるね」

 水飛沫を上げて立ち上がった音を聞きながら、俺はベッドで南條を待つべく寝室に向かった。

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本当の恋に出会うまで 皆未 智生 @minami_tomomi

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