第22話 ヒーロー
ドンドン、ドンドン、ドンドン、ガチャガチャ、ガチャガチャ、バン
「祐希さん!祐希さん!」
祐希はぎゅっと瞳を閉じて、男が、柔らかいままの性器を揉みしだくのをただ耐えていた。
(……幻聴?あれ?南條さんの声がする……)
恐怖に震えそうになる体の全部で必死に抵抗していたが、とうとう空耳まで聞こえたのだろうか。南條のことを考えると、まだ諦めるわけにはいかない。
祐希は、最後の力を振り絞る。体幹を捻り、手足をばたつかせようとしたその時、男が手を止める。
突然、近くから何かがぶつかり合うような音と、少し離れた場所で物が落ちるような音が聞こえると同時に、身体にのしかかっていた男の重みが急に軽くなる。
息がしやすくなり脳にも酸素が行き渡る。現実を受け止めようと祐希は恐る恐る瞼を持ち上げた。
幻なのか、目がどうかしてしまったのか。開けた視界が焦点を合わせると一番先に目に飛び込んできたのは、誰よりも会いたかった南條の顔だった。
珍しく髪を振り乱し青白い顔をした南條が、心配そうな瞳を揺らし、祐希を覗き込んでいる。信じられない。
「祐希さん、祐希さん……あぁ……大丈夫ですか?もう大丈夫ですからね」
ベッドの床に滑り込むように近づき、腕の縛めを解き、横から抱きしめ起こしてくれる。
「あぁ……、ほん、もの……?」
南條だと認識した途端、祐希の瞳に涙が盛り上がり、堰を切ったように次から次へと溢れ出してきた。
「はい。本物の佟慈郎です。祐希さん、もう大丈夫ですよ」
南條の匂いのする胸にしっかりと包み込まれ、優しい力で繰り返し背中を擦る南條の手は温かく、安心した祐希は声も押さえずワーワーと泣いた。
ひとしきり声を出し泣くことでやっと落ち着いた祐希は、鼻を啜りながら辺りを見回す余裕が生まれた。
正義のヒーローのように祐希のピンチを助けてに来てくれた南條は、1人ではなく、部屋の入口近くには南條の後輩がおり、その横に立っているのは何故か友人の諒だった。
「諒?何でここに」
「はぁ……。やっと気づいてくれたか。あと、服も直せよ」
気の置けない友人の諒から目線をずらしながら言われ、自分の恰好を見下ろす。
祐希が認識するよりも早く南條の手が動き、祐希のシャツの胸を掻き合わせ残っているボタンを留め、ずり下げられている下着やズボンを直してくれた。
甲斐甲斐しく世話を焼く南條に、諒が背中から尋ねる。
「南條さん、警察呼びますか?今なら現行犯逮捕できますよね」
諒がスマホを出しながら順に、さっきまで祐希の上にいた男と森下を見るのに続き、南條と祐希も目線を追う。
ベッドの反対側の床に蹲る、片頬を赤く腫らした男と、諒の傍らに立つ森下が同時にビクッと肩を揺らしていた。
「ああ、そうですね。俺は許せないから呼んで欲しいけど、祐希さん、それで良い?」
状況的に、南條の後輩と床の男が結託し祐希を辱めようとしたのを、南條と諒が助けてくれた構図なんだろう。
祐希は以前に、森下からの敵意は感じていたものの、ここまでする森下の言い分を聞いてみたくなる。
「森下さん」
落ち着いた声が出て良かった。俺が声を掛けると、森下はまた肩をビクッと揺らし挙動不審に目線を躍らせる。続けて静かに尋ねてみる。
「何でこんなことしたんですか?」
「……って……」
小さい声で聞こえない。俺も南條も諒も、耳を澄ませて部屋の中が静まり返る。
小さく、だってを繰り返していた声が次第に大きくなり、森下が俺を睨みつけ突然叫ぶ。
「……だって、俺はずっと前から先輩のこと見ていたのにっ。結婚するんだって諦めようとしていたら破談になって、俺にもやっとチャンスかもって思ってたのにっ。そんな矢先にお前みたいなぽっと出がっ、何でお前なんかがっ。ふんっ、どうせ男なら誰にでも尻尾振るような野郎なんだろうから、試してみたって良いじゃないかっ」
「森下!」
南條が低い声を張り上げ、森下に向かって行こうと一歩踏み出すのを、祐希は両手で止めて言う。
「森下さん。南條さんが好きだからって、薬を使ったり、今回のはやりすぎです。同意も得ないでなんて許せない。もし俺が怪我でもさせられていたら、警察に突き出されるのは当然ですよ。」
森下は唇を噛みしめて下を向いている。結論を出す前に諒にも聞いてみた。
「諒はどうして一緒にここに来たの?」
「賢悟が店でたまたま物騒な話を耳にしたみたいで、俺に相談して来たんだ。
このネット社会じゃ身元はすぐわかるからね。未遂でどうにかしたくて俺、比較的時間自由じゃん。周りウロチョロしてたら、お前や南條さんも見かけて何か色々わかっちゃったから、南條さんにチクッといたわけ。まさか、連絡来るとは思わなかったけど」
「俺も、足止めされてる間に祐希さんいなくなって、焦って諒さんに連絡したら、的確なアドバイスもらって、森下すぐ捕まえられて良かった」
「てことは、森下さんがこの場所教えてくれたんだ」
「祐希さん」「雨宮」
南條と諒が同時に祐希の名前を呼び、本当にいいのかと目で訴えながら俺の顔を見つめる。
2人の顔を見返して今できる笑顔を向けてから、森下の目を見つめて表情を引き締め言う。
「森下さん。悪いけどもう南條さんは俺の人だから、これ以上、俺の彼にちょっかいをかけるのは金輪際やめてくださいね。勿論俺にも次何かしたら容赦しませんからね。
今日のことはしっかり反省してあの人連れて帰ってください。ここの支払いもお忘れなく」
森下は俺の話を聞き、ポカンと間抜けな顔をした後、すぐ唇を噛みしめ悔しそうにする。
それでも、ベッドの下の男のところに走って行くと、腰を抜かしている男の腕を取り立たせ、反対の手で男の服と荷物をかき集め、慌ただしく部屋を出て行った。
「本当に良かったんだな」
出ていく2人の後ろ姿を見送っていると、諒が念を押す。
「うん」
「ま雨宮が良いんなら俺は良いけどな。今日のは貸しだからなこれ」
諒はそう言うと、前の2人から充分時間を取ったのを腕時計を見て確認し廊下へと向かう。
「諒、ありがとう。借りは今度返すね」
「ありがとうございました。お礼は今度必ず。」
背中に向け祐希と南條が言うと、諒は片手を上げて部屋の扉を出て行った。
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