序列に並べ

小狸

短編

「一番になりたかった」


「何かになりたかった」


 某駅付近通り魔殺人事件の犯人は、動機をこう述べていたという。


 警察や報道の調べによると、犯人はゲームや漫画の類を禁止され、ガチガチに束縛された学生時代を送っていたらしい。医学部以外の大学は許されず、浪人を続けた末、ついに両親から見放されたその日に、学習塾の最寄り駅で犯行に及んだ。


 それに対して弟は、


「あーあ、日本の教育の功罪だよね」


と、言った。


 僕は、


「どういうこと?」


と、返した。


 弟は僕よりも頭が良い。要領が良いのである。この前も、ほとんど初見のはずの学内百人一首かるた大会で二位を取ったらしい。そんな弟に嫉妬する時期もあるにはあったが、今はどちらかというと尊敬している。こんな弟がいることを誇りに思っている。まあ、高校に入学して、やや斜に構えたところはあるが、そういうところを含めても、良い奴である。


「ほら、日本――だけに留まらないのかな、他国の教育事情は知らないけれど、何でもかんでもやたらと序列付けたがる傾向にあるじゃん」


「あー、まあ、そうかもな。序列ねえ。テストの点数とかってこと?」


「まあそうだね。テストの点数、偏差値、成績、まあ基準になるから分かりやすいってのはあるんだけど、現代はちょっと過敏になり過ぎているように思うんだよね。それに、それだけには留まらない。この前、好きなバトル系漫画をYouTubeで検索したらさ、『誰々と誰々はどちらの方が強い』とか『強さランキング』みたいな動画ばかり溢れていてさ。ネット上でも、そんな議論が絶えず行われているでやんの」


「そうなのか。まあ、ネットって暇な人がやるもんだからな」


「兄さんはさっぱりしてるよねホント。まあ、それについては同意見だけど」


「それで?」


「少しだけ、発想の角度を変えてみたわけ。強さランキングはあっても、弱さランキングはない――これって、なぜだと思う」


「なぜって――比べる意味がないからじゃないのか」


 強さは比較できても、弱さは比較できないから――。


 いや、違うか。できなくもないのか。


 つまり序列を逆にすれば良いわけだ。例えば6番までの徒競走だったら、6位を1位に、1位を6位に入れ替えれば、「足の遅い人順」になる。弱さランキングの完成である。


 しかしそれは――。


「それは、駄目なんじゃないのか。その、一歩間違えれば誹謗中傷というか、いじめにも繋がりかねないだろ」


「そうなんだけどさ。強さ――つまり、『人の良い部分』を序列化して強調し過ぎて、、と俺は思うんだよ」


「それ以外の部分って? 良い部分を見ているんだから、良いんじゃないのか」


「そうでもないよ。例えばそこの通り魔だって、『一番になりたい』『人より優位に立ちたい』『何かになりたい』という欲求をそのまま行動に示してしまうというどうしようもない欠陥を抱えていた。四浪って言っていたから、もう二十歳はたちは越えてるよね。そんな大人が、そんな子どもみたいな理由で凶行に及んだのって、『良い部分』ばかり見ていたからじゃないのかな」


「良い部分、ばかり」


「そう。完璧な人間なんていないよね。俺だって完璧じゃない。ちっちゃい頃は意味不明な行動もしたし、それで人に迷惑を掛けた。でも、それを『違うよ』『間違いだよ』『駄目だよ』って、序列を抜きに指摘してくれる人が――俺達の場合は母さんがいたから、何とかこうして一応は、マトモな大人に近付くべく成長できているわけだ。ひるがえって、犯人はどうだったんだろう。序列、順番、順位。そういう『良さ』ばかりに縛られて、』『。話を聞けば、高校の途中までは成績トップだったんだろ、通り魔の犯人。頭が良い人間に対して、人は往々にして自分の願望を押し付けるものだからね。頭が良いから学級委員長になれるだとか。頭が良いから生徒会長に向いているだとか」


 弟は、中学校で生徒会長をしていたけれど。


 何か、あったのだろう。彼なりに思うところが。


「何度も言うけど『良い』ところは良いところで、存在していて良いんだ。。親とか、保護者とか、あとは教師とかね。まあ、お手本みたいな毒親らしいから、その辺は期待できないケドね。大方、成績優秀な自分の子の数字だけを見て、一喜一憂していたんだろうさ」


「向き合う、か」


「そう。人に向き合うっていうのは、そういう『良い』面だけじゃなくて、『良くない』面とも相対しなければいけない。親になったら、必ずいつかは直面する問題だ。だから生半可な覚悟で作るもんじゃないんだよ、子どもなんてさ」


 そう言う弟の表情は、丁度見えなかった。




(「序列に並べ」――了)

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