第22話 みいの翌日

 帰ろうとするみいが、


「あ、スマホ。忘れてた」


 と、机の上に取りに来る。


「それはいい兆候だ。ではまた明日、いい報せを待っているよ」


「うん!」


 そうして診断を終えた、翌日。


 あをいが診断用の教室に着くと、すでにみいが座っており、スマホを見ているだけなのに、顔面蒼白で冷や汗をかいていた。


 あをいは前日、みいが去った後で教室から机をすべて、取り除いていた。タブレットは鞄にしまってある。


「今日は椅子だけなんだ。ごめん、あたしのせいだよね」


「そんなことは構わないが、それより、どうしたんだい?随分と顔色が悪いけれど……」


「ああ、いや、ううん、なんでもない」


心夢こむさんには、相談できたのかな?」


 みいの視線が落ち着きなく右左へと移動する。


「……うん」


「その感じだと、上手く相談できなかったみたいだね?」


 みいの目が、ぐらつく。


「大丈夫なのは、診断士さんとこうして話してるときだけだったみたい。今日になったら、また、いつもと同じ朝が来たことが、怖くなっててて。朝の四時くらいに目が覚めてそこから三時間くらいSNS見ちゃって……。なんとか、学校には来たんだけど」


 みいの声が震える。


「お、お父さん、お母さんの保険金持って、女の人と出てったみたいで……。ちうちーにも相談してみたけど、全然、分かってもらえなかった」


「……それは、大変だったね」


「今日ね。みんながスマホを見てるのを見る度に、震えが止まらなくなって。汗もすごい出るし、気持ち悪くて。机の中とか、ロッカーとか、そういう、あたしから見えないところが全部、怖くなって……。途中から、保健室で休ませてもらってたけど、スマホ触ってるくらいなら教室に戻れって言われて――なんか、もう、わけ分かんなくなって、気づいたら、ここにいた」


 それでもみいは、スマホを放せずにいる。


「ねえ、未来診断士さん。あたしのアレルギー、どうしたら治るかな?」


 スマホを見つめたみいの瞳は、光を落としたスマホよりも暗かった。


「……僕は、占い師でも、医者でも、薬剤師でもない。特別な力は何もない、ただの人間だ」


「あはは。そうだった、ごめんごめん。でも、あたしのアレルギーってさ。占い師でも、医者でも、薬剤師でも、特別な力を持った人がいたとしても、治せないじゃん」


 あをいは、みいから目を逸らす。


「あたし、これからどうしたらいいかな」


「ずっとここにいればいいさ」


「えー、じゃあ、ほんとにそうしちゃおっかなー」


「僕はそれでも一向に構わない」


 あをいの茶色がかった黒い瞳の強さに、みいがしばし、言葉を失う。


「……あはは、ほんとにー?って、ごめんごめん、冗談だよね。まあ、アレルギーって言っても、死ぬわけじゃないんだし。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 あをいは丸見えの膝の上で、爪の跡がつくほど、拳を強く握りしめて、言う。


「――君はすごい。すごいんだよ。君は何も悪くないし、むしろ誇っていい。堂々としていればいいんだ」


「そうだね。……あ、外、だいぶ暗いね。そろそろ、帰らなきゃ」


 立ち上がり、鞄を肩にかけるみいに、あをいも続く。


「家まで送っていこう」


「え、いいよいいよ。申し訳ないし」


「……ごめん、そうだね。では、先に帰らせてもらうよ」


「あはは、君は優しいね。優しすぎるくらいで心配だなあ」


「最後まで、何も力になれなくて、申し訳ない」


「えっ、全然、そんなことないって!元気出しなよ!聞いてもらえただけですっきりしたんだから。ねっ?」


 扉を開けたあをいは、外へ踏み出す前に、言う。


「明日も、ここへ来てくれるかい?」



 みいは、三分、何も答えなかった。



「……分かった。また明日ね!」


 その翌日から、みいは学校に来なくなった。

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