第21話 みいの未来
「そして君にはもう一つ、スマホを見ている理由がある」
「ふーん。それは?」
と言ってみいは、あをいの隣の机に腰かけて、浮いたつま先をブラブラと動かして見つめる。
「一言で言ってしまえば、君は他人の目を恐れている」
みいは、ため息をついて、自嘲気味に微笑んだ。
「誰からも、言われたことないんだけどなあ」
「君が視線を逸らすのは、僕が知らない人だからじゃない。目を合わせるのが怖いからだ。だから、友だちの前だろうとスマホを見ているフリをして視線を逸らし続けている」
「うん、そう。特に、ゆも……友だちに、真っ直ぐ目を見てくる子がいて。あ、この話、誰にも言わないでね」
「もちろん。守秘義務があるからね」
「うん。……あの子、SNSで裏垢作ってあたしの悪口を書いてるみたいなの。それも、いくつかアカウントを持ってて、多分、いろんな人のフリをしてるんだと思う」
「それが、気になるのかい?」
足を揺れ動かしたり、止めたりしながら、みいは話す。
「んーや?別に、悪口に関しては気にしてないんだけどね。あたしも別の人のフリして鍵垢見てるわけだから。ただ……自力でそれに気づいちゃうあたり、かなり、やばいなーと思って。――その子から最近、みんなが悪口言ってるよ、って、裏垢のスクショが送られてきたんだけど、あたし、四月からずっと知ってたから、今さらって感じでさ、はは」
「気にしていなくはないだろう。身近な人から悪口を言われ続ければ、誰しも気にかかるものだよ」
みいが、よっと机から降りて、椅子に戻る。
「うん……。そうだね、正直結構、傷つく。でも、悪口を書かれるようなあたしが悪い。それに、見なきゃいいだけだもん。なのに、何書かれてるか気になって、つい見ちゃって。あたしが勝手に見て、勝手に傷ついてるだけだから」
「今や君は、スマホやタブレットを見るだけで、自分の悪口を書かれているように思うと。つまりは、スマホを見ていないと不安だが、見るとさらに不安になる」
「そう」
「――けれど、悪口を書かれるよりも、書かれなくなる方が怖いんだ」
「うん……。飽きられて、捨てられたくない」
「だから君は、自分に居場所がないことを隠している」
「そう、そうなんだよね……」
みいはまたスマホを手に取り、ロックを指紋で開ける。
「本来の君は、一対一の争いくらい、跳ね除けるだけの力を持っている」
「昔はそうだったかも。多分、心が一番しんどいときに、ちょっと強めの打撃を食らって、やられちゃったんだろうね」
「ふーん。……しょぼっ」
「ふっ!あははっ、急にひどっ!」
みいの笑う瞳から、一瞬、スマホが消える。
「悪いね。冗談だよ」
「分かってるって。でも確かに。相手は同じ一人なのに、馬鹿だよね」
「馬鹿じゃない。君はすごいよ。これまでたった一人で戦ってきたんだから」
「そんなことないよ、全然、ほんとに。ただやられっぱなしなだけ。そもそも別に、大したことじゃないし。お母さんがいなくなって、もう半年経つし、お父さんが連れてくる女の人だって、悪い人ばっかりってわけでもないし。あたしも、もう、高校生だし」
「僕が言っている君のすごさは、耐える力じゃない。人を責めない力だ。どれだけつらくとも、自分が一番不幸だと思い込まず、誰かを責めることをしない。少なくとも僕は、君の口から誰かのせいにしようとする言葉を聞いていない」
みいは、窓の外をぼんやり眺める。
「……責める強さがないだけだよ」
「優しい人間ほど、自分を責める。が、他人のせいにしないことと、自分のせいにすることは、まったくもって別だ。他人を責めないのは美点だが、自分を責めすぎるのはよくない。――だって、しょんぼりしちゃうだろう?」
「うん。しょんぼりしちゃうね。ふふっ」
みいは笑った後で、やはり、スマホに視線を落ち着かせる。
「――あのね。お父さん、急に、今の仕事辞めるって言い出してさ。それなのに、この前、お母さんの保険金の通帳見たら、すごい勢いでなくなってた。亡くなったばかりの頃は、毎日千円ずつご飯の代わりにもらってたんだけど、最近のお父さんはそれもたまに忘れてることがあって。家にいるのかいないのかもよく分かんないし。まあ別に、あたしもバイトしてるし、余ったお金を貯金もしてるから、ご飯くらいどうとでもなるんだけどね」
「まさに、飽きて捨てられたおもちゃ、というわけだ」
「そうなんだよねー」
「他に相談できる友だちはいないのかい?それこそ、きひろとか」
天井を眺め、スマホを伏せて机に置き、しばし、唸る。
「んー……。昔、一人、すごく仲良しだったやつがいたんだけど、今は連絡取ってないし。きひろちゃんには診断士さんを紹介してもらったけど、例の子と仲がいいからさ。あんまりその、裏垢やってるとか言って、二人の仲を引き裂きたくないんだよね。って考えると……ちうちーとか?」
「ちうちー――ああ、
「よく知ってるね、さすが診断士さん」
「名前くらいは。さすがに、
「そう、かも。うん。うん。相談、してみようかな」
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