第9話 診断士の名前

「ようこそ、迷える子羊よ。未来診断士であるこの僕に、此度はどんなご相談かな?」


来春くっぱきひろちゃんの双子のお兄さん、ですよね?初めまして。蓮川はすかわ悠望ゆもちです」


「初めまして、蓮川さん。来春くっぱあをいです。どうぞ座って」


 ゆもちはペコリと頭を下げてから静かに椅子を引いて座った。丸い瞳に丸い銀縁眼鏡。おさげの三つ編みは鎖骨を少し過ぎるくらいで、肌はゆで卵のように白い。制服は半袖で、スカートは膝丈。


「ここにはきひろちゃんの紹介で来ました」


「ああ、きひろから聞いているよ。僕たちの苗字を聞いても笑わない素敵な子だってね」


「きひろちゃんが、そんなことを……。わ、わたしなんて、その、全然、素敵じゃないですから……」


 耳まで真っ赤にしたゆもちは、俯いて、スカートをぎゅっと握りしめる。


「さて。蓮川さんはどんなことで悩んでいるのかな?」


 未来診断士の仕事は基本的には、未来を診ること。対話の中で相手の今を知り、過去を紐解き、未来を紡ぐ。


「あのその、わたしって、どうして、こんな風なんでしょう……」


 が、本日は未来の相談ではなく、自分の内面についての相談らしい。


「こんな風、というと?」


「その、わたし臆病だし、不細工だし、不器用だし。最近、気づくと一日、何もしないまま終わってて。将来やりたいこととか、夢も、ないし。いいところなんて一つもなくて……」


「とにかく自分が嫌いだと?」


 こくり、と頷き、あをいの目を真っ直ぐに捉える。


「初めに言っておく。それは君の捉え方の問題だから、他人にどうこうすることは難しい」


「そう、ですよね……。結局、わたしの考え方が悪いからですよね。でも、どうしても、こうなってしまうんです」


「僕に頼ってきたからには、多少なりとも変わりたいと思っている、と考えていいかな?」


「……分かりません。なんだか、わたしなんかが、変わっちゃいけないような気がして」


「そうか、難しいね」


 あをいが椅子に背中を預けて、ぼんやりと窓の外を眺めていると、ゆもちが口を開く。


「あをいさんは、その、どうして診断士になろうと思ったんですか?」


 あをいの目が、ゆもちの目を見据える。


「僕の名前を正しく読める人はなかなか貴重だ。きひろに聞いたのかな?」


「あ、は、はい。きひろちゃんが、あをいさんは自分の名前が大好きだから、ちゃんと呼ばないと怒られる、と」


「くくっ。大好き、か。なるほど確かに、そのとおりだね」


 くつくつ笑うあをいを、ゆもちの瞳がさらに丸くなって見つめる。


「質問に答えよう。僕が診断士になったのは、自分が悩んでいたからだ」


「あをいさんが……?」


「うん。そして今も、悩んでいる。未来診断士にはなったけれど、自分のことはよく分からないんだ」


 手のひらを左右の肩の隣で上に向けて、首を振る。


「あをいさんも、自分が嫌いなんですか?」


「嫌いだよ、すごく」


 あをいは学生鞄から端末を取り出し、机の上に置く。


「さて、診断を始めようか」

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