第10話 ゆもちの現在

 いつものように、あをいが急かしたり、眺めたりすると、「あ、あの、なんでしょうか……?」とゆもちの手が止まってしまうため、静かに連動している方の端末を見つめていた。


「お、終わりました……」


 送信された結果を眺める。契約書にもサイン済みだ。


「ちょっと立ち上がって教室を一周、歩いてくれるかな」


「え、あ、はい」


 とことこと歩いて席に戻ってきたゆもちに、


「僕の動きの真似をしてくれ」


 そう言って、体側を伸ばしたり、前屈したり、腰を反らしたりする。


「もういいよ。座ってくれ」


「あ、はい……」


 そう告げたあをいは、一瞬だけポケットを見やり、すぐさま端末に視線を戻した。


「あ、あの、もしお電話なら、どうぞ。お構いなく」


「悪いね。いつもは電源を切るようにしてるんだけど」


「い、いえ。急に今日にしてほしいと頼んだのは、わたしの方ですから。ご無理を言ってすみません」


「すぐに戻るよ。あ、結果は本人には見せないことになっているから、タブレットは持っていくね」


 結果が送られてきた端末を持ち、あをいは長い廊下を急ぎ足で進んだ。


***


「お待たせしたね」


「いえ、全然っ」


 小さくため息をつき、あをいは端末を持ったまま、ゆもちの瞳に問いかける。


「さて。君には僕から直接、いくつか質問したい」


「は、はい……」


「人は誰しも、ストレスを抱えながら生きている。発散方法は様々だが、その中の一つに、攻撃、というのがあると僕は思っている」


「攻撃……ですか」


「物に当たる、人に当たる、あるいは、自分に

当たる」


 ゆもちは机の下で拳を握りしめる。


「見たところ、君の体には傷一つない。どこかを庇うような素振りがなかったからね」


「……はい」


「日焼けもしていなければ、見たところ、スポーツをしているわけでもなさそうだ。それに、部活はきひろと同じ、美術部だと聞いている」


「はい、そのとおりです。休日も家で過ごしてばかりで……」


「休みなんだから、どこでどう過ごそうと自由だ。それに、世の中の大半の人は、何もせずに一日終わってしまった、と思っている。そういうものだよ」


 と前置きして、ゆもちから逸らした視線を端末に落とす。


「何もせずに終わったなんて言うけれど、実際にはご飯を食べたり、スマホを見たり、トイレに行ったりするわけだ。つまり、日常的に毎日繰り返していることの尊さを、僕たち人間は忘れがちだということ」


「そう、かもしれないです」


「――ところで君のストレス値だが、結果を見る限り、かなり高い。日頃はどうやってストレスを発散しているんだい?」


「……」


 沈黙。クーラーの音の他には、校庭で騒ぐ人の声も聞こえない。窓の外では雨脚が強くなりつつあった。


「悪いね。それを考えるのが僕の仕事だ。君に聞くことじゃなかった」


「い、いえいえいえ、そんな、謝られるようなことでは」


「ありがとう。けれどそういうものが、未来に残るというのは覚えておいてほしい。好きなことというのは一度離れたと思っても、ふとしたときに戻ってくるものだからね」


「未来に――。その、好きなことを完全に手放すには、どうしたらいいんでしょう」


 そうだね、と呟き、あをいは天井の、数多ある穴を見つめて考える。


「他の好きなことを見つける、というのは有効だと思う」


「他の、好きなこと……。そんなの、わたしにあるでしょうか……」


「ある。けれど、日常に溶け込んでいるとかえって見つけるのが難しいから、まずは一番好きなことへの関わり方を変えてもいいかもしれないね」


「えっと……?」


 首を傾げるゆもちに、あをいは端末を操作して、差し出した。

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