第8話 まにの未来
教室で窓の外を眺めながらの昼食を終えたあをいの目の前に、甘い匂いのする白い箱が差し出される。
「オーダーどおり、マカロンだ。受け取ってくれ」
「本当に持ってきたんだね。ありがたく受け取るよ」
箱を開けて確認すると、透明なラッピングで一つ一つ丁寧に包まれた色とりどりのマカロンが、十二個入っていた。
「……ひょっとして、これ全部、僕の分かい?」
「ああそうだ」
「さすがに、全部は多いね」
「そうか……。俺は余裕なんだが」
「じゃあ、私、食べてあげるよ!」
横から伸びてくる指を、パシッと払う。
「なんで君がいるんだい、
「まにまにだってここにいるじゃん。一個ちょーだいっ」
「君にあげるマカロンは一個もないよ」
「えー?ケチ!」
あをいのこめかみに青筋が浮かぶ。
「君はどうやら、参考書を変えたようだね?」
「完璧すぎると、ボロが出たときの落差が大きいって気づいたんだよね」
「……最近の
心が理解できないと思われるよりは、最初から適当な人間だと思われていた方が、やりやすい面もある。
「あ、そいえば、まにまには、未来診断受けてどうだった?」
「すっきりした」
「そっか……。話なら、いつでも聞くからね?」
「俺は
そんな二人のやりとりを、あをいが目を細めて見つめる。
「あそう?なら、えーと……よかったね!」
「それは本心からよかったと思ってるやつの間じゃないね?」
苦笑で流すまにの隣で、あをいがたえきれずツッコミを入れる。
「ともあれ、ありがたく頂戴するよ」
「一つちょーだい!」
「いやだ」
わーわー騒ぐちうかをよそに、あをいはマカロンの中の一つ、紫のものを取り出して口に放り込む。
「……!う、美味い……!美味すぎる……!なんだこれ…………!」
あをいの目が黄金に輝き、まには、ほっとした様子で胸をなでおろした。
「美味いの三段活用出ましたっ!まにまにはお菓子作り得意だからねっ」
「どんな参考書を読んでいるんだい、
「ああ。
「うん。とりあえず聞かれたらそう答えてる」
「そんな気がした」
まにが首を横に振ってため息をつく。
「答えた後で、そういえば青っぴいるじゃんと思って紹介したの。そんな青っぴに向いてそーなのはー、学校の先生とか?」
「なるほどな。俺も向いてそうな気がする」
「勘弁してくれ。
あをいが桃色のマカロンを口に放り込み、味わい終えたのを見届けて、まにが首を傾げる。
「
「
と言いながら、あをいの手は三つ目のマカロンに伸びていく――。
「じゃあ、青っぴの夢はなんなの?」
ちうかから問われると、あをいの表情が強張り、伸ばしかけた手が止まる。
「僕の、夢、は……」
その先が、出てこない。
「どうした、青っぴ。答えづらいなら無理に答える必要はない」
青ざめた顔のあをいは、ゆっくりと、まにの顔を見上げ――、
「え、青っぴ……?」
と呟く。
「ああ、診断士としか聞いてなかったからな。悪い」
「何々?青っぴがどうかしたの?」
「
本当に、人の心が分からないちうかだった。
「あをいー」
何か言いかけたまにを遮り、ふわふわとした声であをいを呼ぶのは、きひろ。廊下から手を振っているのを見て、あをいはマカロンの箱を持って席を立つ。
「どうした、きひろ」
「今日の放課後、診てくれないかって」
「構わないよ」
「よかった。時間と場所は伝えておいたから。それじゃ――」
「ちょっと待ってくれ。これを」
と言って、あをいが箱を差し出す。
「これは?」
「マカロンだ。残り十個ある」
「わあ……!全部もらっていいの?」
「どれでもいいから二つ、残しておいてくれるかな。それから、できれば率直な味の感想を聞かせてほしい」
「分かった。ありがとう!」
箱を両手で受け取ろうとするきひろと、渡そうとするあをいの動きがぴたりと止まる。
「……あをい、どうしたの?手を放して」
「いや、なんでもないよ」
きひろがぐいと引っ張るのに少し対抗していたが、箱が歪みそうになったので手を放した。
箱を両手で抱え、とたとたと廊下を走っていくきひろを、あをいは少し見守ってから教室に戻る。
「青っぴって、きいろちゃんとは、どういう関係なの?」
「青っぴ、赤っぴ」
「黄色っぴ」
人の心が分からず、何を期待されているか察することのできないちうかに代わって、まにが答えた。謎の沈黙が生まれた。
「……黄色っぴって、
「え、そーなの?初耳ー」
「もう夏休みも過ぎたところだからね。クラスメイトの顔と名前くらい一致しているべきだと、参考書に追記した方がいい。……ところで。
「私は特に。不登校になってすぐ、このネイル可愛くない?って送ったけど、返事がなかったから」
「共感を得るためではなく、周囲の普通を知るための偵察行為とは。本当に、悪い羊だ」
「えへへ、照れちゃう」
「褒めてない」
照れちゃうと言いながらも、ちうかの目は笑っていない。怒ってもいない。無だ。
「俺はたまにだが、作ったお菓子の写真を送りつけてるな。いつも美味しそう、って言ってくれるんだ」
まにが作ったお菓子の写真をスマホで見せると、あをいはそれを、うっとりと眺める。
「君と
「姿を見なくなってからはまったく。一応、今日の放課後、家にマカロンを届けると送っておいたから、学校が終わったら向かうつもりだ」
「……そうか」
雲が太陽を遮り、あをいの顔に影が差す。
「青っぴも来るか?」
「僕は、いいよ」
「
「でも、僕は本当に……」
まにがちうかに、ごにょごにょと耳打ちする。
「みいちゃんね。すっきりした、って言った後に、もし、悩みがあるなら、診断士さんに相談するといいよって、言ってた。だから私は診断を受けようと思ったの」
元気づけるという発想はちうかにはないものだ。
「俺も聞いていた。すっきりはしなかったかもしれないが、青っぴに感謝してるのは本当だと感じた」
雲が流れ、あをいの顔を影と光が行き来する。
「未来診断士は依頼人と極力、関わってはいけないんだ。公平な視点で診断するためにね。だから、遠慮しておくよ」
「えー、いーじゃん。行ってきなよー、青っぴー」
特別な人間を作らないよう、呼ばれ方も本来であれば、「診断士」でなくてはならない。あをいが名乗らないのは自身の名前に対する想いだけでなく、診断士としての義務があるからでもある。
「君は行かないんだね」
「え、行くわけないじゃん。何の意味があるの?てか、マカロンもらえないなら帰るね」
そう言って去っていくちうかに、あをいはため息をつく。
「青っぴが来るかどうかで、持参するマカロンの数が変わるんだが、どうする?」
「よし、行こう」
義務はあるが、あをいも普通の男子高校生であり、まにのマカロンに魅せられた一人であった。
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