第9話

「懐かしいー、昔よくここで遊んだわ」

 ヒカリは子供みたいにブランコに腰掛けて、勢いよく漕ぎ始めた。ヒカリの吐く息は震えながら、もっと高く、もっと高く、真夜中の空に浮かび上がる。

 ギィギィと鳴る隣で、私はしんとしていた。

「混んでたねぇ」

 一番高いところからヒカリは夜空に向かって言った。

「まぁ元旦だもんね」

「神代先生にも会えなかったし」

 ヒカリの返事に、私はつい笑ってしまった。

 なぜ? 執拗に神代先生のことばかり言うから?

「ヒカリ、こっち向いて」

「ん?」

「さっきから、挑発してるの? なんで神代先生のことばっかり言うの?」

「えっ」

 ヒカリがブランコを漕ぐのをやめた。

 ギィギィと音が夜に弾けて、この音を数え終えるまでに、何か言わないといけない、何かを、と心の中で繰り返した。

 ヒカリが私を見た。瞳の中はがらんどうで、天気のはっきりしない空の色とよく似ていた。

 いつのまにか、静寂だった。

 私は身を乗り出してヒカリにキスをしようとした。けれど、ヒカリはそれをかわし、髪を耳にかけた。

 結局、行為でしか私は私を表現することができない。

 ゆっくりと顔を離すと、ヒカリは私の手を握った。急に、じん、とてのひらが暖かくなった。ヒカリと私の間で、どちらかの脈が強く打っている。

「私たち、友達じゃないの?」

 ヒカリは私の横顔に訊いた。

「ぜんぜん違うよ」

 私は一度繋いだヒカリの手を離し、もう一度確かにつかんだ。今、つかんだ。ぐいっと身を引き寄せようとしたとき、どちらかの汗が私の手の甲に落ちた。

 掠め取るための手は既にふさがっていて、私は自分の舌を意識する。

 躊躇なくこの滲みを舐めることができたら、ただいっしんに愛することができたら。

 沸騰した欲望は私のこころを赤黒く染め上げて、こうなったらもう止まらない、もう知らない、誰かが見ているかもしれないけど、どうにでもなれ。

 私はヒカリのくちびるを奪った。

 てのひらに力が入り、抵抗するヒカリをよそに、私は舌を這わせた。ヒカリの中で精いっぱい踊った、跳ねた、飛んだ。

 彼女の唾液の一番濃いところを見つけ出して、掬い取ろうとしたとき、ヒカリは「はめて」と言った。

 思わず唇を離して「え、え?」と私が訊ねると、「や、やめて」とヒカリは咳き込んだ。ただの聞き間違いだった。

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