第8話

 年末のテレビ特番を一緒に見よう、と提案してきたのはヒカリのほうからだった。

 唯一の家族である母親は恋人と大晦日を過ごすから、今年は結構寂しいかも、とヒカリは言った。

 普段は寂しいだなんて絶対言わない子だから、これは一大事だと思った。私は、すべての他の誘いを断り、喜んでヒカリの家にやってきた。

 はじめて入ったヒカリの部屋は白一色でほとんど家具が置かれていなかった。新しい年を迎えるという空気などほとんどなく、今日はなんでもない普通の一日のように思えた。

 それでも、いまヒカリの部屋で二人きりでいる。私にとっては一生覚えていそうな日だ。

 ヒカリの大きな瞳は、小さなテレビを映している。テレビ特番を観ようだなんて、普段テレビを観ない私たちがする約束としては不自然だ。でも、私たちが会うための口実としてはよくできている。

 ヒカリから誘われることなんてこれまでにほとんどなかったから、私はそわそわしていた。

 それなのにヒカリは、

「このあいだ、神代先生から君なら志望校受かるよ、って言われてさぁ。もうそんなこと言われたら受かるしかないよねぇ」

 なんてことをにやけながら言い続ける。

 それに耐えかねて、私は話題を変えた。

「それよりそろそろ行こ、初詣」

「え、あ、そうだね。そういや神代先生もこの辺住んでるよね。偶然会っちゃったりしないかなー」

 私の気も知らないで、ヒカリは神代先生のことばかり話す。

「もうほんと神代先生のことばっかだよね」

 私はテレビの電源を切り、立ち上がった。

「先生の話ばっかするじゃん」

「え、なに。どうしたの急に」

 私はヒカリの手をとり、ため息交じりに言った。

「いくよ」

 ヒカリが向ける神代先生への眼差し。ヒカリはきっと、神代先生に理想の父親像を投影している。

 きっと、ヒカリの恋が成就するとき、それは彼女が傷つくときだと思う。ふたりが恋人になるとき、神代先生が異性として立ちはだかるとき、彼女は深く傷つくと思う。

 いや、でも。

 こんなの、私の妄想だ。ヒカリの本心はわからない。私が自分の都合の良いように、自分の恋のために作り上げた正義感なのかもしれない。

 神代先生は悪い人じゃないし、きっとヒカリに優しくしてくれる。

 そもそも、ヒカリに空いたままの心の穴に対して、私ごときが埋め合わせなんてできるのだろうか。

 いや、違う、違うんだ。

 なんで私は、人を好きな気持ちに意味や理由や合理性を見つけようとしているのだろう。

 そんなことを、足を一歩前に出すたびに考える。

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