第7話

「そういや先生が来てから何日経った?」

 学校からの帰り途の車窓に映るヒカリに私は訊ねた。

 その隣に私の顔が映っている。

 おなじ制服を着ているのに、私たちは腰の位置が全く違った。私とヒカリとでは、遺伝子の設計図から全然違うのだろう。

「150日は経ったよね」

 ヒカリがそう訊いた。

「半年、っていえばいいじゃん」

「半年かぁ、長いなぁ」

「何が言いたいの」

「もうすぐうちら卒業じゃん」

「あーね」

「会えなくなるじゃん」

「あーね」

 ヒカリは車窓に映る自分の姿を見て、前髪を気にして額を撫でた。この様、何かに似ているなと思った。なんだろう、そうだ、世の中のお母さんが自分の子どもにやる、いいこいいこだ。

 ヒカリはたぶん、選ばれたいのだと思う。

 数多くいる女の子の中から、君がいい、と指をさして、手を差し伸べられたいのだと思う。

 それがたまたま、神代先生だった。

 きっかけは単純で、疑似的ながらも彼がヒカリを助けようとしたからだ。

 言葉を放つたびに暗くなるヒカリに耐えかねて、私はつい「ねぇ、今日家に行っていい?」と言ってしまった。

 ヒカリは一瞬「え、どういうこと」と呟き、「今日は家に、親の相方がいるから、ダメ」とつり革を見ながら言った。

 じゃあ大丈夫なのはいつ? 

 喉元までそんな言葉が出てきたが飲み込んだ。しかし、ほかに適当な言葉が見つからない。

「アサヒの家は?」

 私があたふたしているのを知ってか知らずが、ヒカリは口を開いた。私は「いつでも」とだけ答えた。

 それから、私たちは一言もしゃべらなかった。

 終点を告げる、車内アナウンスが鳴った頃、私はようやく口を開いた。

「ヒカリ、こっち向いて」

「え、なに」

 私はヒカリにキスをした。ヒカリは一切、抵抗をしなかった。

「やめたほうがいいと思う、あの男は」

 私はヒカリのくちびるを確かに感じながら言った。

「どうして?」

 ヒカリが私の背中に訊く。

「どうしてでもだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る