第5話

 それが、偶然なのか、大人のふるまい方なのかは、私にはよくわからない。ただ、私たち女子とほとんど変わらないくらい青白く細長い彼の身体が、青光るプールの夏っぽさに全く似合っていない。

 そういうことは私にもよくわかる。

 ヒカリがきれいに飛び込み、学年中の誰も追いつけないようなタイムで五十メートルを泳ぎ切り、プール中に拍手が起こった。相変わらずやるな、と思う。

 運動部員はいいところを全てもっていく。一方で文芸部の私というと、現実逃避のためにコンクリートにまばらに生えた雑草の数をかぞえている。

 木浦さん、と今度は私の名前が呼ばれた。

 よし、私はせめて水面で腹打ちをしないようしないと。つま先でつかんだ飛び込み台のふちを思い切り蹴ると、予想よりも高く飛び込んでしまった。

 あ、やばい、この角度。失敗。

 お腹は打たなかったけれど、ゴーグルのレンズが片方だけずれて視界不良だ。

 いや、そんなことよりもこんな惨めな姿で男子たちのほうへと泳いでいかなければならないのが激しくつらい。どうか、誰も私の醜態を見ていませんように。

 下手くそなターンで二十五メートルを勢いよく折り返すと、一瞬、あぶくが見えた後、まぶたをえぐるようにしてもう片方のゴーグルのレンズもずれてしまった。

 もういいや。下がりしろのある株なんて、私はもともと持っていない。私はヒカリじゃないんだから。

 とんでもなく格好の悪い顔を晒すことを承知の上で水面へと顔を出すと、ぼやけた肌色の輪郭が目の前に現れた。

 ああ、やだなぁ、男子の群れのところまで来てしまったんだ。そんなことを考えていると、だんだんと視界がはっきりしてきて、「ああ、こんにちは」と誰かに声をかけられた。

神代先生が目の前に立っていて、思わず声が震えた。

「ああぁ、ごめんなさい!」

 ただ細長いだけだと思っていた身体は、近くでみてみると精巧に彫られた熊の置物に見えた。

 白い肌に透けてみえる血管の太さ。男の人特有の、おれだ、おれだ、という色の濃い主張が確かに脈打っている。

 なんだか居心地が悪くてたまらないから、思いっきり地面を蹴って、水中へと逃げ込んだ。その瞬間、頭のてっぺんに柔らかい感触がして、すぐに顔を出してしまった。

「アサヒ、なにをわちゃわちゃやってるの?」

 ヒカリがはるばるコースの反対側から泳いできたらしい。大きな瞳の周りにゴーグルの跡がくっきりついている。

「ううん、なんでもない」

「さっき神代先生となんか話してた?」

「ううん、なんでも」

 きまりが悪くてヒカリの顔から一瞬目をそらす。細身のクセに豊満な胸が視界に入ってきて、さらに視線を落とした。贅肉などまったくついていないヒカリの太ももにくぎ付けになる。

 あのね、ヒカリ……、と私が言った。言ったはずなのに、水しぶきと男子たちの太い声しか聞こえてこない。

 ねぇ、と声をかけ、顔を上げる。

「神代先生、あんなに白いといっぱい日焼けしちゃいそうだよね」と呟くヒカリの瞳の中を覗き見るが、そこに私の姿は映っていなかった。

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