第4話

 なるほど、ハズレ。

 教室の女子全員、いや男子も含めてそう思っただろう。きっと、私たちがこの人と楽しい時間を過ごすことはないのだと。

 そのときから、きっと彼の言動はすべてスローモーションで、彼のすべての所作は不器用になされるのだろうと思っていた。

 しかし、私たちが屋上の端っこで遊んでいたとき、私たちが自殺をしようとしていたと勘違いをして、とっさに両手を広げて「こっちだ!」と叫んで見上げてきたのだった。

 前髪の隙間から覗けた瞳は、茶色く澄んでいて、公園の砂場でいっしんにトンネルをつくっている幼児のそれによく似ていた。とはいえ、その下方にかろうじて先端が鋭く尖った顎があるから、なんとか大人であることを示している、という按配だった。

 大きな声にびっくりした私たちは急いで屋上から消えたから、広げた両手はさみしい様子だっただろう。

 もしかすると、巻き添えになって彼も死ぬかもしれないのに、私たちを救おうとした。その必死さは、今も映像として頭に残っている。

 次、金森さんの番よ、と先生に名前を呼ばれたヒカリは飛び込むためにスタート台に跳ねるように飛び乗った。

 彼女の白い生足をくだっていくと、小指にだけ丁寧に塗られたペディキュアがあった。薬指には絆創膏が巻き付けられていたが、剥がれかかっていた。ややくすんだ肌色のそれに、白い手が伸びて、とんとんと軽く叩いた。ぴったりとくっついた絆創膏の近くに両手を添えて、ヒカリが口を開く。

「いきまーす!」

 普段はおとなしいくせに、あんまり大きな声で叫ぶから、向こうで同じ授業を受けている男子たちがいっせいにこっちを見た。

 すぐに目をそらしたらいいのに、ヒカリだとわかると、本人に気付かれるまで彼らはジメっとした好意を送る。

 プールの中で顔だけ出して浮かぶ塊は、いつか動物園で見かけた餌を待つワニみたいだ。

 ああいうのは女子から見てバレバレだから、やめたらいいのにな、と思う。

 唯一、神代先生だけはすぐに目をそらし、男子たちに何か号令をかけている。

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