100. そこそこ好きな人
翌日、国王はハヤッタとニニンドを呼び、王弟の逝去の事実を、しばらく内密にしておくように、また部屋付きの者には決して他言してはならないことを厳命せよと述べた。
葬儀はことが落ち 着いてから、弟王に相応しく、盛大にやりたい。そして、遺体は砂漠のどこかに埋めよう、砂漠の民がそうするように。
この国では特別な墓というものはない。砂漠の墓地に埋めて、木の札を立てるだけ。そこには名 前も書かない。だから、誰が埋められているのか、わからない。死んだら、地位も、金持ちもない。貴人の横に、囚人が埋められていたとしても、わからない。男女も、年齢もない。どの先祖の 誰が決めた埋葬法なのかは知らないけれど、このやり方でよかったと国王は初めて思った。
その日は王自身が、マグナカリ王弟の仮の葬儀を執り行い、ハヤッタ、ニニンドだけが見守った。彼の遺体は、しばらくの間は、部屋から動かされることはない。
ハヤッタは、部下たちに、町に王弟殿下が重病であられるとの噂を流すようにと命じた。それを伝え聞いたなら、スノピオニが現れるのは必至だろう。
スノピオニは一筋縄でいく相手ではない。その時のために、ニニンドを中心に、予行演習を始めた。
王弟の仮葬儀から二週間ほどが過ぎたある夜、ハヤッタはニニンドを探して彼の宮殿の屋根まで来た。
屋根の上まで来ても、おそろしいほどの静寂の暗闇の中に、最初は重なる瓦しか見えなかったが、目が慣れてくると、何かが動くのがわかった。
やはりニニンドはそこにいた。彼は棟板金の上に腹這いなって、屋根と同化していているように見えた。
「ここにおられましたか」
ハヤッタが足を滑らさないように、腰をかがめて歩いてきて来た。
「こんな所まで、わざわざ。どうかなさいましたか」
ニニンドは起き上がり、ここが安全ですから、お座りくださいと屋根を手で叩いた。
「殿下が沈んでいらっしゃると、ナガノ様が心配しておられます」
「ああ、またナガノですか」
「このように、次々と人々が亡くなっては、元気でいる方が無理な話ですが」
「ナガノは私のこととなると、恥も外見もなく、国王のところでも、どこへでも出かけます」
「殿下を心配するのが、ナガノ様の生きがいのようですね」
「そうなのですよ。ありがたいことですが」
「ハヤッタ様がわざわざここまで来てくださったのですから、この機会に、ぜひお尋ねしたいことがあります」
「何でしょうか」
とハヤッタが座り直した。
「私は先日のマグナカリ王弟殿下の内輪の儀式のことを思っておりました。国王がその遺体にすがって、可哀想なことをした、申し訳ないと謝っておられました。あれはどういう意味なのでございましょうか」
「詳しいことはわかりませんが、唯一の弟君を失われたのですから、どんなにか、悔やまれたことかと存じます」
「生きている間、きみは幸せだったのか、と何度も言っておられましたよね」
「はい。私も聞いておりました。しかし、意味するところはわかりません」
「ハヤッタ様、あなたご自身は幸せなのですか。幸せな人生を歩んでおられるのですか」
「正直のところ、わかりません。私はそういうことをとっくに、考えるのをやめてしまったように思います」
「なぜですか」
「なぜでしょうかね。若い頃、私はある方の幸せを願っておりました。その方が幸せなら、私は幸せでした」
「前に、ある女性を愛したことがあると言われましたが、その方のことですか」
「そんなことを言いましたか。余計なことを申しあげたものです。あのY国でお会いした時には、こんな将来は見えておりませんでしたので、しゃべり過ぎました」
「どうしてそんなに愛した方と一緒になれなかったのですか」
「さまざまな事情がございました」
「ハヤッタ様でしたら、一緒になれる道を考えついたのではありませんか」
「そういう運命だったのでしょうか。どうすればよいのか、知恵が回らなかったというのもそうですが、つまるところ、その方がそれほどは、私を思っては下さらなかったというとことでしょう」
「ああ」
ニニンドの言葉が詰まった。
「殿下はいかがですか。こんな時に何ですが、誰かよいお方は見つかりましたか」
「私はY国にいた頃、将来はそこそこに好きな女子と結婚するなどととんでもないことを言ったことがありますが、覚えていらっしゃいますか」
「そんなことを言われましたかね」
とハヤッタが頸を振った。「記憶力が悪くなり、覚えておりませ ん。それが、どうかしましたか」
「いいえ。忘れてくだされたのなら、よかった。どうぞ、そのことは思い出さないでください」
「わかりました。では、殿下にはそこそこではなくて、本気で好きな方がおられるのですか」
「そういうことに、なりますか」
とニニンドが下を向いた。暗くてその表情は見えなかったが、険しい表情をしているようだった。
「でも、だめです」
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