99. 王弟の手紙

 マグナカリ王弟の手紙は続いている。


「第一王妃から生まれた第一王子は、兄上の子に間違いありません。彼の私に対する振る舞いには、時に慮外で、不本意なところはありましたが、彼が跡継ぎになるものと信じていましたし、そうなるべきだと思っておりました。

 

 私はある時、ブルフログの紹介で、スノピオニという美しい女性と出会いました。私など、やんごとなき身分なのだけが取り柄で、これまで女性には縁がありませんでした。一度は妃をもらいましたが、じきに会うこともなくなりました。

 こんな私ですが、スノピオニの人柄はあたたかく、その踊りは天下一 品、私はすっかり夢中になりました。日々が楽しいと感じたのは生まれて初めてでございました。

 

 そんなある日、スノピオニが身ごもったと申しました。私には信じられなかったのですが、やがて女の子が生まれました。その頃、もし第一王子がいなくなれば、私が王太子になれると言われ、なるほどと頷いたことがございます。私はそれまで、兄の跡をついで国王になるなどとは想像したことすらありませんでしたが、その話を聞いてからは、私が長年無視されてきたことに対して腹立たしく思うことがありました。


その頃、第一王子と息子が不慮の事故で亡くなりました。私の周囲のものの仕業かもしれませんが、私自身はそういう命を下した覚えはありません。

 しかし、その後の宮廷の動きは迅速で、H国から新しい妃をもらうことを決めたり、どこからか甥のニニン ドを探し出してきました。

 H国からの若い妃が男子を産んだら、私は王にはなれません。その上、この妃は怪しい宗教を信じているということで、これは大変なことになると危惧いたしました。


 その頃でございます、スノピオニがまた子供ができたと申しました。その時には、私にも身に覚えがありましたから、男の子が生まれた時には、自分の子だと確信いたしました。この子供は私に似て体が弱く、病気ばかりしておりまして、死ぬのではないか、また私のようになるのではないか と心配が絶えませんでした。

 ひんぱんに体調が悪いだの、風邪を引いたのだのという知らせが届くので気が気ではなく、あちらに滞在する 日々が増えていたのでございます。この六ヵ月というもの、子たちに会いたいと日々にそればかり思っておりました。しかし、どれほど切望しようとも、地を叩き割りたいほどの思いはあっても、もうこの部屋を出る体力がありません。


 兄王の後、この私が国王に即位することなく身罷りますと、ニニンドが跡を継ぐことになってしまうと考えました。兄上は彼を大変気にいられているようでしたが、突然現れたこの奇怪な経歴の馬の骨を王子などするわけにはいかないと心底思いました。初めの頃の話でございます。

 ところがこれがなんとも無防備な甥でして、知れば知るほど愛おしくてなりません。ラクダのレース中に、怪我をさせることはできたのですが、その時に訪ねて見ると、私の名前を呼んで抱きついてくる天真爛漫さ。とても殺すことなどできないと思い、心が震えました。

 ニニンドはやさしい人間で、器量も大きい。夜にこっそりやって来て、何度か、私に舞いを見せてくれました。私が舞いが好きなことを知ってのことです。スノピオニも舞いの名手、いつかニニンドの舞いを彼女に見せ、その感想を聞ける日を楽しみにしておりました。


 私は次の王はニニンドが、その時はわが息子を王太子に、というのが最上の案だと考えました。

 それでH国の姫の始末は必ず成功させねばならないが、ニニンドには決して手を出してはならぬと部下には厳命いたしました。

 時間がなく、思考も回らず、稚拙な文章ではございますが、これが私の懺悔のすべてでございます。


 色々申し上げましたが、私がここで伝えしたいことは、マグナカイリンが私の息子だということでございます。罪は全て私が犯したことで、子供に罪はありません。どうぞ、私のこの生命と引き換えに、まずは我が息子を王子にして、温かく見守り、ご指導してくださいますことを切に切にお願い申し上げます。 心からの陳謝と願いをこめて。

          あなたを敬愛してやまない弟マグナカリ」



グレトタリム王は蝋燭に照らして手紙を読みながら、声を殺して泣いた。弟には、もっと愛情を注ぐべきだったのだ。もっとやさしくするべきだったのだ。

 弟の人生はどんなに孤独で、ブルフログに頼るしかなかったのだと後悔の情ばかりが込み上げてきた。

 

 翌朝、マグナカリ王弟が目を覚ますことはなかった。


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