十二章
98. 王の訪問
ハヤッタから報告を受けたグレトタリム国王は苦労をねぎらったが、しばらくひとりにしてほしいと述べて考えこんだ。
そして、深夜になった時、お付きを連れずに、マグナカリの宮殿に赴いた。先日、ハニカ医師から、彼の命は消えかかっている灯のようだと言われた。もともと虚弱体質だったが、昨今のショックと恐怖により、すべての臓器が働くのをやめかかっていると。しかし、どうしても子供に会いたいという一念で、生きているようだ。どうにかして、願いを叶えてやらねばならない。
こんな時刻だというのに、弟の寝室からは灯が漏れていた。
国王が中にはいっていくと、部屋には召使いはおらず、彼がただひとり、背中を丸くして、机に向かっていた。孤独と絶望感が漂っていて、兄王は胸を詰まらせた。
今回も、二度も危篤状態になったが、そこはなんとか脱することができた。身体の弱い弟には、子供の頃から、こういう辛いことが何度何度もあったのだ。
ああ、かわいそうな弟。
背中が二回りも小さくなったように見える。
兄王は弟の肩に手を置いた。弟は驚くこともがかった。驚く力も残っていないのかと国王のほうが驚いた。弟はぼんやりとした目を向けて、兄を見てとろんと微笑み、頭を下げた。
「マグナカリよ、こんなに遅くまで、起きていて、大丈夫なのかい」
マグナカリはうんうんと頷いた。
「どうしているかと思って、見舞いに来てみたんだよ」
王弟はまた頭を下げた。その目に涙が浮かんでいた。
王弟は少し待ってくれという仕草をして、手紙を書き終え、それを折りたたんで封筒にいれて、兄王に渡した。
「私に、何か書いてくれたのかい」
兄王が封筒から手紙を出して読もうとすると、手を振った。
「あとで読めということかい」
王弟はうれしそうに微笑んで、はいと頷いた。
兄王はその封筒を懐にいれて胸をぽんぽんと叩いてから、弟の骨ばった背中を撫でた。まるで痩せた猫の背中を触るようで、本当に、骨と皮だけではないか。
「マグナカリよ、今夜はひとつだけどうしても確認したいことがあるのだよ。気を悪くしないで、聞いてほしい」
国王の瞳は真剣だった。
はい。
「カイリンのことなのだが、本当に、そなたの息子なのかい」
マグナカリはまばたきもせずに大きく頷いて、「私の息子」と胸を叩いた。
「よし、わかった。カイリンは私の甥ということになるのだな」
マグナカリは「よろしくお願いいたします」と書いて、よろよろと立ち上がると、床にひれ伏した。
「息子に会いたいのであろう」
マグナカリは何度もうなずいて、大声で泣いた。
「会わせてあげるから、生きなさい。元気になりなさい」
と国王は自分を指さして頷いた。
「親愛なる弟マグナカリよ、そなたははやく元気になることだけ考えるのだよ。あとのことはこの兄にまかせて、さあ、床にはいりなさい」
兄王が弟を寝台まで連れて行った。誰かの手を借りないと歩けない状態で、ハニカ医師の言葉が蘇った。
国王が部屋に戻って、胸からマグナカリの手紙を取り出して、開いた。
「親愛なる兄上様、 私は兄上の弟として生まれてきたことを光栄に思い、何よりの幸せと感謝しております」
と始まっていた。
「それな のに、考えて見ますと罪深いことばかりを重ねてきました。しかし、ここに全てを懺悔し、それを贖罪と してお許しいただきたいと願っております。
そして、どうか、私のたったひとつの真実をお守りいただきたいと心から願っております。
最初の過ちは、真に兄上のことを思ってのことでございました。第三王妃に男子が生まれました時、産湯係の女性はブルフログと懇意の女官でした。その女官が、赤ん坊が目を開いた時、目の色が緑だったのはずなのに、次に呼ばれた時には黒目になっていたと申したのでございます。
ブルフログは赤ん坊がすり替えられたと知り、連れ去ったふたりを追って隣国まで行ったのですが、すんでのところで取り逃がしたのでございます。
黒目王子と呼ばれるようになった赤ん坊は、兄上の子供ではありません。
兄上を騙した母親と子は、抹殺されなければなりません。それが実行できたのが、子供が六歳になった時でした。国のため、兄上のため、正義のために、やったことでございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます