95. 柳色の封筒
ある日、ニニンドのもとに、一通の手紙が届けられた。柳の枝に、青々とした柳色の封筒が添えられていて、誰かと思ったら、それはあの花魁のソリウイロからだった。
夜旭町では三日月という名前を使っていたのだし、宮廷に住んでいることは知らないはずなのにと思いながら、手紙を開いた。
「三日月こと、ニニンド様、
あの折には後をつけさせましたので、あなた様がどなたなのかわかっております。つきましては、今夜、私のもとにお訪ねいただけないでしょうか。このいまわの際に、一目お目にかかって、お伝えしたいことがあります。
かしこ ソリウイロ」
ニニンドはどういうことかとしばらく考えた後、さらに考えながらゆっくりと長い廊下を歩いて、ハヤッタのところに行った。
「このまま黙って出かけてしまおうかと思いましたが、やはり相談したほうがよいかと思い、やってきました」
ハヤッタはさっそく手紙に目を通した。
「殿下、行動を起こされる前に来てくださって、ありがとうございます。行かれないで、本当によかった」
「ここにいまわの際と書いてありますよね。どういう意味なのでしょうか。まさか、死にかけているということではないでしょうね」
「この文面からだと。死の淵にいるように受け取れますが、まさか、そういう状態にあるとは想像しがたいです。先日、お目にかかった時はお元気で、私は死んだ魚のような目をしていると言われました」
「えっ、夜旭町に、行かれたのですか」
「実は参りました。しかし、金と時間を消費しただけで、成果は何もありません。さすが殿下だと感心していました」
「そんなこと。とにかく、私は行ってまいります」
「殿下が誰なのかわかっての手紙ですから、何やらの計略があるのかと考えられます。あなた様はこの国にとって、なくてはならない大事な王太子、そのような場所に行かせるわけにはいきません」
「行かなくては、ブルフログの居場所がわかりません」
「それは、こちらで探しているところです」
「わかると思いますか」
「見つかるまで、探すのみです」
「私に行かせてください。それに、ひとりの女性が死にそうだとこの私に訴えている時に、行かないわけにはいきません。ソリウイロもJ国民のひとり、その願いを重んじるのが我らの仕事ではないのですか」
「そう言われるならば……、」
ハヤッタは苦渋の表情を見せて唸った。
「では、私がお供してまいります。外で待っておりますから、少しでもやっかいなことを感じられましたら、すぐに逃げ出してきてください」
「私も充分に気をつけるつもりです。逃げ足は誰よりも速いので心配はいりませんが、ハヤッタ様の足のほうが心配です」
「これですか。ちょっとくじいたのが長引いているだけですから、ご心配には及びません」
その夜、一行は三台の馬車に分かれて、夜旭町に出かけた。
ニニンドがひとりでソリウイロの部屋にはいって行くと、彼女は赤い寝台の上に、白い顔をして寝ていた。
「ソリウイロ様、どうなさったのですか」
ソリウイロの目は半開きで、息をするのが苦しそうだった。
「来てくださいましたか。だから、書いたでしょう。いまわの際と。来てくださるかどうか、私はこの賭けに、勝ちましたよ」
と言って青白い顔で微笑んだ。
「医者に診てもらいましたか」
「そんなことは、もうどうでもよいこと。あなた様に、言いい残したいことがございます」
ソリウイロは身を起こして、服の前をめくって、「ほら」と白い肩を見せた。そこには多数の小さな斑点があり、周囲が赤紫色になっていた。
「何ですか、これは」
「射られました。もう毒が体中に回っています」
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