96. 真実
ソリウイロは布に包んだ鉄製の細い矢尻を見せた。
「大事な証拠ですからね、しっかりともっていたくださいよ」
それは柳葉と呼ばれる細い矢尻に特別な技巧を施したもので、遠くまで飛ぶ。ソリウイロは布に包んだ矢尻をニニンドに握らせ、それを包んだ両手をしばらく離さなかった。
そして、目を閉じて、深い息をしてから話し始めた。
昨夜、出かけた帰り道で、この矢が飛んできた時、ソリウイロは即座に、連れに命じて矢尻を思い切り抜かせた。矢尻のことも、毒のことも、よく知っていたからである。
ソリウイロの知っている矢尻はこんな精巧なものではないが、形が似ている。この矢尻は誰かが手先の器用な職人に作らせた特別なもの。
その毒のことも、知っている。故郷のオルベ村のカエルの分泌物からとったもの。これは猛毒で、村では樹水で薄め、どう猛な獣を獲る。村人相伝の毒で、ブルフログはそのカエルを捕獲するのがうまかったので、彼の通称はそこからきている。
「では、ブルフログが射ったというのですか」
「他に誰がおりましょうか。まさか、故郷の毒で、同郷人の手で死ぬことになるとは思わなかったが、この命、明け方まではもちますまい」
その時、リクイが部屋に飛び込んできた。
「リクイ、どうしてここにいるんだい。つけてきたのかい。まだ完治していないんだから、休んでいないと、だめじゃないか」
「ぼくに手当てをさせてください。治せるかもしれません」
リクイはもう小刀に手をかけ、ソロウイロを見つめている。
「ぼくは前に、毒矢が刺さったラクダを助けたことがあるのです」
「ああ、そうなのです。リクイは医学に詳しいのです。やらせてみてください」
「ありがとう、お若いお方よ。でも、私の肌はラクダ皮膚のように硬くはないのでねえ。もう残っている時間がないのは知っています。しびれがきているから、もう遅いのさ。それよりも、話を」
「だめですよ。生きないとだめですよ」
とリクイが涙を流した。
「ありがとう。うれしいねぇ。でも、さあ、話を急ぎますよ、時間がないのだから。ニニンド様よ、よくお聞きなされ。まずカイリンの母親はスノピオニ、でも、子供の父親は王弟殿下ではありません」
「そんなことが、どうしてそれがわかるのですか」
「殿下はもともと子供のできない身体。遊女の中では、そんなことはよく知られている話。みんな影で嘲笑していたさ」
「では、本当の父親は誰ですか」
「ふたりの子供の父親はブルフログ」
「まさか、ブルフログですか。子供はひとりではなく、ふたりなのですか」
「上が活発な女の子、下に男の子がいます。男子は三歳くらいだが、病弱で、とてもその歳には見えません。ここ数ヵ月も間重い病気にかかり死にかけて大騒ぎしていたのですが、ようやく回復したようです。その子が軟弱なところもそっくりなので、王弟殿下はかえって自分の息子だと信じているのでしょうよ」
「そんなことが、どうしておわりなのですか」
「聞いて回ったのさ。ブルフログが父親だという証拠を見つけようと、その当時スノピオニの世話をしていた下女を捜して捜して、ようやく見つけだしたのじゃ。その下女はかつて私が助けてやった子で、その恩義を感じていて、ブルフログがどのようにあざむいたのか、話してくれました。つまるところ、ブルフログとスノピオニが組んでマグナカリ殿下をかどわかし、立派な御殿を建てさせ、宮廷の金庫から財宝を盗み出していたということじゃ」
「その女性に会わせてください」
「私にこの真相を語ったために、下女は翌日殺され、私もこんなことになってしまった。ブルフログは心のない鬼で、自分が王弟殿下だと錯覚してしまっている。狂っている」
「ブルフログは今、どこに」
「あのスノピオニの金ぴか御殿にいるでしょうよ」
「その御殿の所在場所がわからないのです」
「ああ、あれは町の東にあるとばりの森の中にあります。金ぴかといってもね、それは内部が金ぴかということで、外からはごく普通の屋敷にしか見えないが、地下には 大仕掛けの部屋があるということなので、よくよく注意しなされ」
「登記簿にはその屋敷がなくて、どうしても見つかりませんでした」
「それは特別なお方の名前で登記してあるからさ」
「そんなことを、この私のために調べてくださったのですか」
「そうだよ。あんたのためだよ。ニニンドのためだよ。他の人のためなら、万金を積まれても、するものか。二週間ほど前に、地方の豪商という中年が私に会いたいとやってきたが、あれは宮廷の回しものであろう。あの魚の目をした男だよ。目が死んでいる」
ニニンドはその人物が誰なのか、わかった。
「その言い方はどうかと……」
「あの目をおかしいとは思わないのかい。まあ、その話はさておいて、なぜあの魚目が、あんなにしてまで住処を知りたがっているのかと思ったんだよ。それなら、なぜあんた自身が来ないんだい。ニニンドよ、私に会うのが、いやだったのかい。私が嫌いだったのかい」
「いいえ。そういうことではありません」
「だから、私があんたのために、調べてやることにしたんだよ。教えてやると言ったら、あんたがやって来るかもしれないだろ」
ニニンドの瞳を瞬いた。その瞳がなぜと訊いている。
「幸せとは何か、知っているかい」
とソリウイロがため息をついた。
「いいえ」
ニニンドがわからないと首を振ったが、その少し後で、斜め上を見て答えた。
「幸せとは、朝起きて、生きていると感じることでしょうか」
「誰かがあんたに教えたのかい。若くて、元気で、なんてかわいいことを言うねぇ」
「姉さんにとって、幸せとは何ですか」
「誰かがね、心の中にいることさ」
とソリウイロが荒い息をした。
「もういいですから、何も言わないで」
「言わせてもらうよ。いい歳をしてさ、ニニンド、あんたに惚れちまったんだからね。この間は無理じいをさせてしまったことをさ、馬鹿みたいに後悔しちまってさ。あの時は、若い子達が美男が来たとかと言って大騒ぎをするので、何かと思って見に行ったのさ。金持ちのいかれたぼんぼんだろうと思ったんだよ。私は金持ちを憎んでいるんでね、ちょっとこらしめてやろうと思って顔を出したのさ。そしたら、……あの時、あんたがよろよろと立ちあがった時さ、私の心はじんじんと痛んだよ。あの後、どうしても、また会いたくなってさ。だから、真相を探り当てて、あんたに教えてあげようと思ったんだよ。そしたら、もう一度、あんたに会えるかもしれないだろ。これじゃ、まるで乙女じゃないかい。花の花魁が何を言っているって話だよね。笑っちまうじゃないか」
「姉さん、お礼に、私が舞ってさしあげましょうか。舞いがお好きでしたよね」
「いいんだよ。あんたの舞いは好きだけど、舞いに惚れたわけじゃない。あんた惚れちゃったんだよ。あれからというもの、眠りがやってこない夜を重ねているのさ」
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