94. 往診
リクイが高熱を出して、寝込んでしまった。二日たっても起き上がれないので、ニニンドがサララに伝書鳩を飛ばすとすぐに返事がきた。
「ナッツ、食べた?」
「ピスタチオ、食べた」
と返事を書いて鳩を飛ばすと、サララがカリカリを飛ばしてやって来た。サララはナッツアレルギーのことを心配していたのだ。続いて、なんとあの名医のハニカ先生が到着した。
サララはハニカにもとに駆け込みはしたが、往診を頼んだわけでないのに、彼が自ら行くと言ったのだ。ハニカ先生はたくさんの患者を抱えて忙しいのだけれど、リクイが病気だと聞くと、自分がどうしても行くと言ったのだ。
彼は前回、リクイに厳しすぎることを言ったので、そのことについて話したいと思っていたし、また厚生大臣に相談したい用件もあった。今、町では病院を拡張しているのだが、医者が全く足りないので、その件を政府に相談したかった。国で奨学金制度を設けて、若くて優秀な医者を育てるべきだと。
リクイの高熱は引いたり上がったりしていたが、顔は赤かったが湿疹はなく、アレルギーではなくただの風邪だった。ジェット兄をなくした悲嘆、それに夜旭町での刺激が強すぎて疲れていたので、免疫力が低下していたのだろうとハニカは診断した。 大丈夫だとわかると、次の日の早朝、サララはハニカを乗せて、カリカリを飛ばして帰っていった。
ニニンドが氷のはいった桶を、リクイのところに自分で運んできた。
「ニニンド、ぼくは治るの?」
「治るに決まっている」
リクイは病気になると、このまま死んでしまうのだろうかと恐ろしくてならない。爺さまの時も、アレルギーの時も、どうすることもできない無力さを感じたものだった。
「ぼくは病気になるとすごく弱気になるんです」
「誰だって、そうだよ」
「ぼく、死ぬのがすごくこわいんだけど。死んだら兄さんのところに行けるのかなとか思った」
「そんなこと言うもんじゃない。ただの風邪なんだから」
「ただの風邪なの?」
「そうだよ。でも、いろんなことがあったから、治りにくくなっているんだとハニカ先生が言われていた」
「ハニカ先生がわざわざぼくのために来てくれたの?あんなに忙しい方が」
「そうだよ。サララが連れてきてくれて、早朝に帰られた」
ただの風邪でもこんなに苦しいし、このくらいの恐怖があるのだから、重い病気の人や、原因がわからない人には、どれほどの不安があることだろうか。このことは忘れないでおこうとリクイは思った。
「これ、冷たいね。こんな冷たいものは初めだ」
リクイが額に載った手ぬぐいを指さした。
「氷だよ。北の国から氷を取り寄せたんだよ」
「外国から?そんなことができるの?」
「私は司令官だからね」
「さすがだね」
とリクイが笑った。
「私はリクイを笑わすツボを知っている」
「司令官なのに、ぼくを看病してくれてありがとう」
「当たり前じゃないか。友達なんだから」
「宮廷の学校が始まる時、ニニンド、きみは訊いたよね。どうして私と友達になりたいのかって。ぼくはそこにきみがいたからだって答えたけど」
「覚えているよ」
「あれは本当のことじゃないと思うんだ」
「友達になりたくなかったのかい」
「いいや。ぼくは最初にきみを見た時から、友達になりたかったんだよ。でも、きみが友達になんかなってくれるわけがなかったけど」
「最初って」
「ラクダから落ちて、怪我をした時。きみは失神していたけど」
「気を失っていないって、言っただろ」
「ぼくはクラスに五十人の生徒がいても、百人の生徒がいても、きみとは一番の友達になりたかった」
ニニンドからすぐに答えが返ってこない。
「ニニンドはどうだったの?」
「あの頃は、友達を作るとかそういうことは考えたことがなかった。人間関係というのはやっかいなのでね、友達なんか、面倒なだけだと思っていた」
「……今は」
「リクイやサララと出会えてどんなにラッキーかって思っているか。きみには想像できないと思う」
「それ、ほんとうなの?」
「ほんとうだよ」
「サララ姉さんとは何か話したのかい」
「いや。まだ怒っている」
「そんなに長く怒る人じゃないから、もうすぐ直るよ」
「何度も近づいて声をかけようとしたけど、無視されてしまった。でも、昨夜は、ハニカ先生は国王に頼まれて、マグナカリ叔父を診ることになり、サララは通訳として同席することになった。ずいぶん遅くまでかかったんだ」
ニニンドは王弟の宮殿まで行ったのだけれど、部屋の中にはいることができなかったから、廊下で待っていた。ようやくサララが出てきた時、目と目は合ったのだけれど、サララは何も言わずに通り過ぎた。
「王弟殿下は絶対安静中なのですよね」
「うん。でも、なんでも、私に会いたがっておられるとナガノが言っていた」
「ナガノさまは何でもご存知だね」
「そうなんだよ。あちこちに、スパイがいるらしい」
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