93. ハヤッタの試み
サララは宮廷からアカイ村に帰る途中、カリカリの上でナガノの言葉を思い出していた。
「サララさん、泣かないでくださいよ。そんな大声で泣いては、私がサララさんをいじめていると思われるではないですか」
「泣きたくて泣いてはいない。ただ悲しいのだから、仕方がない」
「どうしてそんなに悲しいのですか」
サララは自分がなぜ泣いていたのだろうかと思った。ニニンドが顔中に紅をつけて帰ってきたことが、どうしてそんなに悲しいのだろうと自分に訊いてみた。
いや、一番の悲しいのはそこではない、とサララは思う。無視されたことが悲しいのだ。でも、ちょっと無視されたくらいで、どうしてそんなに悲しいのだろうか。
「ばっかじゃないの」
ニニンドから報告を受けたハヤッタは「これで糸口が見つかりました」
とその功労に感謝した。
「けれど、このような危険な行動は、以後、お慎みくたせさい。二度となさらないでください」
「わかりました。連絡しないで出かけて、すみません」
しかし、実はハヤッタは、ニニンド殿下にはいつも腕利きの秘密諜報部員をつけて守らせているから、ふたりが夜旭町に出かけたという情報はすでに掴んではいた。
今はどうしてもブルフログを捕まえなければならない。スノピオニというもと花魁の屋敷に隠れている線が濃いが、それならすぐに見つけられると思った。この国では建物を建てる時には許可が必要なのだから、登記簿を調べれば簡単にわかることであると思ったのだが、しかし、いくら探しても、それらしい家はない。
都の警官を総動員して聞き込みをさせたが、見つからない。範囲を広げてみたけれど、スノピオニの屋敷はないのである。
もっと情報がほしいところだけれど、ニニンド殿下をもう一度、行かせるわけにはいかないので、ハヤッタ自身が出かけることにした。
ハヤッタはそういう場所には不慣れなので、まずは念入りに下調べをした。ソリウイロは夜旭町の一番の太夫で、初めての客が簡単に会える相手ではなかった。
ハヤッタは他の町から来た大商人という肩書で予約をいれ、ようやく返事がもらえて、面会できるところまでいった。しかし、三度も部屋で待ちぼうけを食わされて、ひとり高価な茶を飲んで帰ってきただけだった。ソリウイロに会うには、金と時間と辛抱が必要なのだった。
四度目にはようやく会えることになったのだが、ハヤッタがいつもの黒眼鏡を外して行ったにもかかわらず、
「その目つきがいやでござんす。その目ときたらまるで魚、死んだ魚でございまする」
とひらりと向きを変えて、あっという間に、部屋から出ていた。
「もう二度と、お越しくださるなとのことです」
と、妓楼から出る時に告げられてしまった。ずっと独身を通しているハヤッタだが、それは自分の意思で避けてきたのであって、女性が寄ってこなかったわけではない。
「死んだ魚の目か」
とハヤッタは頭を掻いた。これほど、女性からぞんざいに扱われたことはなかった。
しかし、ニニンド様の場合にはソリウイロが向こうからやって来て、お金も要求されず、あれほど多くの話をしたというのだから驚きだ、と今更ながら感心した。あの青年はなんという不思議な魅力をお持ちなのか。
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