12. クリオリネ姫
「あの妹に息子がいて、元気に育っているという話は本当なのか。これは夢か」
「そのような情報をつかみました」
グレトタリム王は「クリオリネ、クリオリネ、」とつぶやいたかと思ったら、枕を投げ捨て、力を腕に集中させて起き上がった。暗かった瞳に、光がともったようだった。
人は気持ち次第で、こんなに変わるものなのかとハヤッタは恐怖すら覚えた。
グレトタリム王には同腹の姉妹がふたりいて結婚はしているが、そこには娘しか生まれなかった。しかし、ハヤッタが調査を進めていくと、国王にはもうひとり、三人目の年の離れた末妹がいたことがわかった。
ハヤッタはこの国の出身ではないから、そのことについては全く知らなかったのだが、王に尋ねてみると、そうだという答えがあった。秘密にされていた妹君がいたのだ。 それで、そこに焦点をあてて、緻密な聞き込みを行っていったところ、どうも彼女には息子がいるということがわかった。
彼女の名前はクリオリネ、子供の頃からおてんば姫と呼ばれ、宮廷の屋根を走るのが得意だった。屋根から一回転して飛び降りたり、裸馬に乗ったり、歌ったり、踊ったりするのが大得意で、女官達の人気者ではあったが、同時に問題児でもあった。
姫たるものがそんな行動をしてはいけないとか、人前で踊って人々を楽しませてはいけないとか、よく叱咤されていた。しかし、姫は少しも気にしないゴーイング・マイ・ウェイの人で、禁止されるともっとしたくなる性格なのだった。
宮廷ではおてんば姫がしゃべれば女官達みんなが笑い、姫が走ればみんなが追いかけた。彼女は利発で、姉たちふたりよりも勉学ができ、五ヵ国語を話し、そして、早熟で、抒情詩が好きで、美男に弱かった。
十六歳の時にポロ選手と駆け落ちを企み、それは都を出る寸前で見つかり、連れ戻された。
その失敗からより綿密な計画を練ったらしく、十八歳の時には詩人と再び駆け落ちをして、Y国との国境を越えて、逃げ切ったのだった。
王宮警察の秘密部隊が広い範囲まで捜したけれど、見つけることができなかった。秘密部の結論は、逃亡した直後に事故死をしたというものだった。以後、クリオリネ姫の名前は宮廷のすべての書類から消された。そういう姫は存在していなかったことになっていたのだった。
しかし、今回、ハヤッタと部下の不撓不屈の働きで、十年ほど前までクリオリネ姫は生きており、彼女には息子がひとりいるらしいという情報を得ることができた。
外国生まれのハヤッタがこの宮廷に勤めてから十数年、宮仕えの役人としては、それほど長いキャリアではない。初めは宮廷の翻訳部で雇われたが、次に書記部で働いていたところを王の側近に抜擢されたのだ。それはこの粘り強い調査力と、並外れた遂行能力によるものなのである。
「クリオリネ、クリオリネ」
と国王は涙を流しながら繰り返した。
「今になってわかる。クリオリネは宮廷の枠から外れることばかりしてやらかして、困った妹だと思っていたが、彼女は生命そのものだった。この宮廷では、さぞ窮屈だったことだろう。愛しいクリオリネよ。わかってやれずに、すまなかったなぁ」
国王は今すぐに、その息子の所在を確かめに行ってほしいと頼んだ。
「もし本人なら、すぐに連れ帰ってくれ」
国王がハヤッタの手を強く握りしめた。
「はい。これから、すぐに参ります。しかし、ただの噂で終わる可能性もあります。これまでも、偽王子の件は数多くありましたから、お喜びになるのはしばらくお待ちください」
ハヤッタは先日、二百人の部下を従えてH国へ行き、サディナーレ姫との婚姻話を一歩進めてきたばかりだった。しかし、休んでいる暇はない。今回は気鋭の部下数人だけを連れて、Y国に出向くことにした。クリオリネ姫の息子だという人物が、Y国の首都ヤッツに住んでいるという情報を掴んだのだった。
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