13. ニニンドという少年

 霜天そうてんの下、ハヤッタは日夜、馬を走らせて、Y国の首都、ヤッツに到着したのは三日後の昼間だった。彼は休む暇もなく、情報提供者が教えてくれた大通りに行ってみた。クリオリネ姫の息子はそのあたりに出没するという。


 大通りに行くと、そこでは道化の恰好をした少年が大道芸をしていて、周囲には大人も子供も大勢集まっていた。人の注目を集めている少年は見るからに美しく、赤と緑の道化師の服を着て、角のような帽子の先には紐がぶら下がっていて、その先には鈴がついており、その鈴を揺らしながら踊っていた。


 片足を高く上げたかと思うと、しなやかな身体は空に飛んで、宙で両方の足がそろって直線になり、くるりと回転したかと思うと、帽子の下の長髪が遅れてついてきた。ハヤッタは彼がぴたりと着地して、観衆に礼をするまで、小太鼓の音には気がつかなかった。

 

色白の整った顔に、黒くて長い髪、女子のような赤い唇、感情の見えない瞳が心に残った。何やら、冷たい斬月のような少年だと思った。

 

これまでは情報者との交信は手紙のやりとりで行ってきたが、彼は今日、この場所に現れることになっていた。彼は白の四角い帽子をかぶり、白い服に灰色のベストを着て、口に黄色い花をくわえて現れることになっていた。

 それらしき男が現れた。


「時は」

 とハヤッタが訊く。

「四月の満月」

 と相手が答えた。

 それが合言葉である。


「あの子だ」と彼が指さした。

 あの踊っていた少年がクリオリネの息子だというのだ。


「どうしてわかったのだ?」

「子分が話してるいのを聞いたことがある」

「彼には子分がいるのか」

「たくさんいる」

 

 情報者は、彼はまだ十七歳だが、旅芸人一座の座長なのだと教えた。

「彼の名前は」

「ニニンド」


 ニニンド、とハヤッタは口の中で繰り返す。 

この少年が、クリオリネ姫の忘れ形見だというのか。

 ハヤッタは情報者の言葉をすべて信じたわけではないが、彼には約束の謝礼を払うように部下に命じた。


 ハヤッタはニニンドを見つめた。

 確かに、ただの少年には見えない。どことなく気品があり、どことなく、哀しさが漂っている。どういう少年なのか興味はつきないが、今、肝心なのは彼がグレトタリム王の甥かどうかということだ。ことを急いではいけない。ハヤッタは冷静になれと自分に言い聞かせた、釣りでもそうだが、巻き取りを慎重にしなけれど、釣り糸は切れてしまうのだ。ハヤッタはいったん宿に戻り、少し休憩をしてから、また出かけることにした。

 

 夜には、彼は芝居小屋に出るという情報がある。

 昼間は道化師の恰好をしていたニニンドだったが、芝居小屋では赤と青の蝶々が飛ぶは派手な柄の衣装を着ていた。長い髪に金色のスカーフを巻いて、十数人の演奏者の音に合わせて、艶やかに踊っていた。踊りのことはよく知らないハヤッタの目にも、それは非常に魅力的で、彼が顔を少し上に向けて長い首を見せ、目を半開きにして斜めから悲しげに微笑んだ時などはどきりとしてしまった。周囲の反応を確かめてみると、芝居小屋に詰めかけていた女性の誰もが、彼だけを熱い目で見つめていた。


 ハヤッタはこのニニンドという少年はクリオリネの息子だろうと思った。特別な根拠はまだないのだが、いわゆる第六感がそう告げている。

 彼が王子にふさわしいかどうかはわからない。たぶん、ふさわしくはないだろう。しかし、あのクリオリネ姫の血を引いているのは確かなようだ。


 ハヤッタは踊りを見ているうちに、なにやら心が踊っていた。想像もしたことがない種類の人間が、そこに存在していたのだ。彼を宮廷に連れて帰ったら、どんなにか王が喜ぶことだろう。宮廷が息を吹き返すことだろう。この少年が、うまく王位を継げるかどうかはわからないが、それは次の問題だ。


 ハヤッタはニニンドのもとに使いを出して、今夜一席を設けたいが、いかがなものかという書状を届けさせた。その返事は、今夜、明晩とすでにご招待を受けているので、参ることはできませんが、明後日なら、喜んでお伺います。

 ちなみに、座員は全員で十六人いるのですが、全員で伺ってもよろしいのでしょうか、という質問がつけ加えられていた。ハヤッタは座長と座員全員を、町で評判の料亭にご招待いたしますと返事をした。


 二日後の夜、ニニンドが十五人の座員を引き連れてやってきた。座員のひとりだけは、身体の具合が悪くて来られなかったのだ。

 一つの部屋にはハヤッタと座長が、もう一つの部屋は座員用で、手のこんだ料理が容易された。


「盛大なるおもてなし、ありがとうござんす。座員一同に代わり、お礼を申しまする」

 紫の豪華な衣装に赤い帯、黒い袖なしの上着をまとったニニンドが役者風の挨拶をした。ハヤッタは自分の身分を名乗り、単刀直入に確信にはいることにした。


「ニニンド様のお母様は、J国の方でございますか。そのことが知りたくて、やって来た次第です」

「ご贔屓様からのご招待は多々ございますが、お客様がただのお方でないことは存じておりました。さてさて、そういうご用件でござりましたか」

 ニニンドは美しい指で、盃を口に運んだ。

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