5. ラクダ三百頭の結納
サララは町に住んでいる友達のカノーラのことを話した。カノーラがあの総金歯の嫁になるのだ。サララとカノーラ、それにジェットは同じ小学校で、学校にはふたつのクラスしかないから、みんなお互いをよく知っている。カノーラは茶色の縮れた髪をしていた。
「学校には縮れ毛がふたりいて、ひとりがカノーラ、もうひとりがこのわたし」
サララが普通の女子みたいに髪のことなんかについて話すので、リクイはちょっと驚いた。
「カローラの髪はね、今はどうなったと思う? まっすぐで、真っ黒。それも、さらさらしていて、お日さまに輝いている」
茶色の砂波みたいな髪はすてきだとリクイは思うけれど、サララはそうは思っていないようだ。
「髪って、黒くなったり、まっすぐになったりするんですか」
リクイが質問すると、サララの目がスマンの目みたいに大きくなった。
「リキタ、あんたは何も知らなすぎる。世間と離れて育てられたから仕方がないけど、いつか、悪い人に騙されはしないかと心配になる。茶色い髪が、自然と黒いストレートな髪になるわけがないんだよ」
「じゃ、どうして黒い髪に?」
サララはふふっと笑った。
「お金と努力のたま物さ」
いろいろな薬草を砕いてすりおろした秘伝の薬があり、それで髪を染める。最初は髪が赤土のようになるから、しばらくは外へは出られない。しかし、諦めないで繰り返すと、やがて美しい黒髪に変わる。
「サララ姉さんも、黒髪になりたいんですか」
「どうかな。なりたいとしても、その薬はものすごく高価だし、何ヵ月もの辛抱なんか、わたしにはできっこない。ちょっと待って。肝心の話というのはここからなんだから」
そのカノーラに、隣町の金貸しの息子、つまり総金歯が結婚の申し込みに来たのだけれど、その結納金がこの地方の新記録を作った。
「三百頭のラクダを連れてやって来た。金歯ときたら、カノーラにぞっこんでさ、あんなに愛されるのって、どういう気持ちなんだろうか」
この国では求婚の時にはラクダを連れてきて申し込むのが風習なのだが、一般人では三頭が関の山。三十頭でもかなり度肝を抜かれる。もっとも、王室や貴族レベルでは三千頭という話もあるらしいが、それは伝説の領域。この地方では、三百頭は大記録なのだ。
とはいっても、結納金をラクダに換算して話しているということで、最近では、実際にラクダを連れて行く人は少ない。ただ人々に吹聴するために、ラクダ屋から借りて、町へ繰り出す人はいる。そういうラクダをレンタルする商売もあるわけで、ジェットは一度、三十人ほどの行列に、派手な衣装を着せられて駆り出されたことがあった。
しかし、サララが羨ましいのは求婚でも行列でもなくて、ラクダの数なのだ。
「三百頭ものラクダがいたら、どれだけたくさんの荷物を運べると思う? そしたら、わたしは大キャラバンを組んで女親分になり、みんなを率いて、今日は東に、明日は西へと旅をする」
サララの目にはキャラバン隊の光景が映っているのだろう。唇には得意げな笑みがこぼれている。
「いつか、サララ姉さんがキャラバンの親分になったら、ぼくを雇ってくれませんか。何でもしますから」
「おっ、いいよ。でも、あんたのラクダ乗りは見られたものじゃないから、もっとうまくなることだね」
「がんばります」
「ところで、明日、荷物を運んで町まで行くのだけれど、手伝ってくれない?」
「はい。ぼく、何でもやります」
リクイの瞳が星になって輝いた。
明日の荷物は、総金歯の家から頼まれたもので、西の都の 大バザールやスークと呼ばれる市場へ行って、注文の品々を買い集めてきたところだった。荷物は家の納屋に隠しては来たけれど、中には高価なものがあるから、まさかとは思うが心配なのだ。明朝は一番に帰り、ラクダとロバに分けて積み、町まで運びたい。
「わかりました。了解です」
リクイが張り切った。
「いつも思っていたんだけれど、リキタはどうしてそんなに言葉が丁寧なの?村でそんな話し方をするのはあんたと死んだ爺さんだけ。あの鷹匠の爺さんって、何者?ただ者じゃない感がむんむんしていたけど、聞ける雰囲気じゃなかったし」
「爺さまは世の中には知らなくてよいことがあるんだって……」
リクイが突然こくりこっくりとし始めて、そのうちに頭が大きく傾いて、テーブルにうつ伏せた。
食べながら寝てしまうなんて、なんて子供。でも、それは安心したから緊張の綱が緩んだのだ、とサララにはわかる。
この子がひとりで、どんなに寂しい思いをしてきたかということが、サララにはわかる。
サララはかつて自分が通過した時間のことを思いだして、細いため息をついた。そしてテーブルに手をついて立ち上がり、リクイのそばに来て、その髪を撫でた。
でもね、リキタ、あんたは強くならなくいはならないの。生きていく方法は必ずあるのだから。
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