せっかくの白いジャージも泥だらけである。


「もういい。離してやれ」

 私は、彼を捕らえている二人に声を掛けて、締め上げていた腕を緩めさせた。


「力づくで押さえつけたからといって、それが理解を促すことにはならない」

 

 部下にもやつにもいって聞かせるように、ゆっくり話した。

 やがてパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 私が、秘書に呼んだのか訊くと首を振った。

 ならば、公園の騒ぎを見るか聞くかして通行人が110番通報したのだろう。

 

 やつを見たが、じっとしたまま動こうともしない。

 観念したのだろうか。

 公園前に到着したパトカーから警官がばらばらと降りて、こちらへ向かってきた。

 そちらに目を向けていると一人が声を掛けてくる。「喧嘩ですか?」

 すると、やつがいきなり顔を上げた。

「集団暴行です!」

「は……?」私は、目を見張った。


 やつは、しゃーしゃーと嘘をいってのける。

「助けてください! オレ、こいつらに突然からまれて、公園内を引きずり回されました!」

 正義の味方らしからぬ虚言。

 実にあきれたやつだ。

 警官たちが一斉に私の顔を見る。

 私はやはり毅然といった。

「主語が逆です」

 

 同時に公園内外にいた人たちから裏取りをしたのだろうか、双方の話を聞きたいと警官の一人にいわれる。

 すると、やつがまた暴れ出した。「オ、オレが被害者だっていってんだろ?……オレが殴った? そんなん正当防衛だ!」

 本当に姑息な男だ。


 やつの正義は、やつ自身のためでしかない、小さな正義である。

 他人をダシにして自分を正当化したいだけの、まがい物の小市民的正義だ。

 そんなのは言葉遊びに過ぎない。

 そういうので日頃の鬱憤を発散するしかないなら、やつは本当に惨めである。

 正常なプライドがあれば、そんなふうに他人を災難に遭わせなくても、一個の人間としてまずまずやっていけるはずなのだが。


 パトカーに押し込められそうになっているやつが、抵抗しながら大声で怒鳴っている。

「あいつら、値上げして消費者の生活を破壊しようとしているんだぞ! 捕まえるなら、あいつらだ!」


 ただ私たちに噛みつきたいだけだったのか、今度は逆の立場で物をいって論理を破綻させている。

 それでは、薄っぺらい認識力でSNS内を闊歩している放火魔のような炎上商法の人間と同じだろう。


 まあ、何はともあれ、私の家族、仕事仲間たちに平穏が戻った。

 エセ正義の味方が闇落ちしていく場面があって、テレビの前のお子さまたちには少し難解な回となったかもしれない。


 私とて自分の正義が絶対と思っていない。

 自分と関わった相手への最低限のリスペクトと、それに伴うフェア精神を失わないでいることが、唯一私がコンスタントに果たせる正義なのかもしれないな。



 私は遠ざかるパトカーのサイレン音に長く尖った耳を澄ませながら、妻と息子に歩み寄り、二人の肩を抱いた。




(了)


 

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スーパー怪人の災難 悠真 @ST-ROCK

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