…
やつは奇声を上げて、急に暴れ出した。
手近にいる部下を引き倒したので、他の者が警戒して「ガマガマ」と声掛けしながら、それを取り囲むように輪を作って広がった。
「多勢に無勢か。卑怯だぞ!」
やつはわめき立てた。被害妄想に凝り固まっている。
やはり警察案件かもしれない。
やつが動くにつれて、その輪も移動した。
やがて鉄棒のところへくる。
そこでやつは一番低い鉄棒に、特に長くもない足を掛けて、その上に立って見せた。そして、左右の手をひらひらさせた。
「変身!」
虹色の光がやつを押し包む。
私たちは、一瞬たじろいだ。
が、そこから現れて変わった箇所といえば能面のようなのを被っただけで、あとはジャージも髪もそのままだった。
あまりに変身がお粗末すぎたのか、部下たちは一様に押し黙った。
「とう!」
やつは飛び降りると、私たちの虚をつくように部下たちに拳を振り回し、蹴りを入れ始めた。
「ガマー?!」「ガマー」
ガマ怪人たちが、口々に悲鳴を上げる。
やつは結局正義の味方ぶって暴力をふるいたかっただけなのかもしれない。
私の部下たちは押され気味だった。
別に怪人というだけで、業務上不必要と踏んで、特別に護身術を学ばせてはいなかったが、私は少し後悔する。
部下の一人の首根っこを押さえつけて、やつは私をにらんだ。
「一族郎党、まとめて討ち果たしてくれよう!」
あたかも時代劇のような台詞まわしだ。
それでは、テレビの前のお子さまたちにかぎらず、大人たちも混乱するだろう。
ほんと、口の聞き方の知らんやつだ。
やつは、部下を突き飛ばすと、白鳥拳を彷彿とさせる決めポーズをした。「己ら、必ず、正義を果たしてくれようぞ!」
すかさず私は切り返す。
「君に正義はない! 話し合いで価格を合わせたら独禁法違反。それが資本主義たるゆえんだ。私を論破できないからといって私の部下に暴力を振るうのはやめたまえ!」
舌打ちをしたやつは、取り囲む輪を崩しながら縦横無尽に動きだした。
学びが少なくて自分の正義を疑えない人間は、本当に質が悪い。
ややして、多勢が相手で力尽きたのか、やつは後ろ手に抑えられると、地面に膝をつくと大人しくなった。
殴られて痛みや怪我を訴える部下の応急処置が始まる。
私は、やつのそばに立った。
「少しは、頭冷やしたまえ。そして経済を勉強しろ。それから文句があるなら、また私のところへ来ることだ」
諭すようにいって聞かせたつもりだが、面をつけてうなだれたままのやつにどう響いたかは知る由もない。
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