「エンドユーザー、一般消費者はインフレの始まった状況で、これ以上の価格上昇には耐えられないはずだ。もし値上げなどしたら、他の安い店に流れて彼らは私の店には来なくなる。そしたら一見利益率が改善しそうに見えるが、売上が下がれば利益額が下がり、従業員の待遇が悪化する。違うかい?」

 私は、まるで社会経済の勉強を教えている気になった。

 やつも謙虚な生徒でいる気でいれば議論の余地はなかったのだが。

「それは、屁理屈だ!」

 そう叫ぶと、やつは私に詰め寄って、指先を私の縞模様の鼻先につきつけた。

「他社と話し合って価格をそろえたら、そんな問題はなくなる!」


「君ねえ」

 私は長い首を左右に振った。

「そういうのを”カルテル”っていうんだ」

 やつは、眉間を寄せた。

「む? ジントニックがどうかしたのか?」

「えーと、それは”カクテル”な」

「じゃあ、気になる番組でもあるのか?」

「それは”関テレ”だ」

「あーした天気になあれ!」

「”てるてる”坊主……?」

「ハーベイ……」

「それは、カイテ……もう、いいかげんにしろ!」


 息子が、ひとりごちた。

「えー、おじさん、つまんない!」

 すると、みっともないことにやつは逆上した。

「なんだとう、クソガキ──ッ!!」

 そんなのをよそに私は、息子の頭をなでた。

「そんな大人げないことを口にしたら駄目だよ」

「うん、ごめんなさい」

 さすが我が息子は、素直だ。

 が、やつは顔を真っ赤にしたままだった。

「フォローになっていない!」

 そこは引いてはいけない。

 私は、毅然と対応する。

「いやいや、君をフォローする義理はないね。実際におもしろくも何ともなかったわけだから」

 

 変質者のそばはよくないと私は判断し、息子を妻の方へ行かせた。

 妻は、腰に手を当ててあきれた顔をした。

「変なの、あまり相手にしちゃ駄目よ」

 私もうんざりした調子でいった。「好きでやっているわけじゃない」

 その会話がまたやつを刺激したのだろう。

 男は、目をむいた。

「貴様、オレにたいする挑戦か?」

 だるすぎる。

 私は、目配せして部下たちを呼び寄せた。

 全身茶色いタイツ姿で「ガマガマ」「ガマガマ」と声を上げながら公園に入ってきたが、そのうちの秘書が顔を寄せてきた。

「どうします?」

「ここから追い出すか、応じなければ警察署かどこか、これ以上面倒にならないところへお連れしろ」

「承知しました」

 

 二人の部下がやつをはさむように立つと、まずは公園を出るよう促した。

 やつは「なにをする!」と叫び、振り払うような仕草をしたが、部下は誰一人やつには触れていない。

(とんだ”クレーマー”だったな)

 そう思ったときだった。

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